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京都文博でたまこまおさらい上映会イベント!

本日の公式更新で、4月19日(土)京都文化博物館シアターでTVシリーズ「たまこまーけっと」一挙上映会イベントが告知されました! 制作スタッフの登壇もあるかも?みたいですよw
 
tmoj.jpg
主催は文博。製作委員会が協力
文博の森脇氏はTVシリーズに協力しているので、セミ公式イベント、ということになりますねw
 
【要項抜粋】
日時:4月19日(土)13:30~
TVアニメ『たまこまーけっと』一挙上映
上映終了後、制作スタッフのゲストトーク
料金:1,500円
申込み:メールかFaxで申込み。申込み締切4月9日、応募多数の場合は抽選。
件名「『たまこまーけっと』おさらい上映会」参加希望
本文 ①氏名 ②住所 ③希望枚数(2枚まで) ④連絡先(メールアドレス、ファクシミリ番号等)
<メール宛先> tamako@bunpaku.or.jp
<ファクシミリ> 075-222-0889

文博はたまこま以降、たまこま、けいおんクラスタには馴染みの場所になりましたねw
今回のイベントもなんとか万難を排して(?)参加したいと思いマス!

ところで上映開始したらおそらく舞台挨拶イベントとかもありますよねえ…高まるような不安なようなw
頑張ろう!頑張れ自分!www

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テーマ : たまこまーけっと
ジャンル : アニメ・コミック

【考察】「けいおん!」のその先を描く物語としての「たまこラブストーリー」

■「私たち女子大生だよ、大人だよ!」→「大人になる、ということ」

「けいおん!」ブログである本ブログがなぜ「たまこラ」を取り上げるのか
それは自分が山田尚子監督のフリークであることは無論として、前回前々回の記事で述べたように、自分は「たまこラブストーリー」が、「映画けいおん!」で描かれた少女たちの青春とモラトリアムの終わりの、さらにその先の物語を描く、ある意味で延長線にある作品だと予感している(というよりほぼ確信に近い)からなのです

くどいようですが、山田監督は「映画けいおん!」でのラストシーン、原作にある「大人だよ!」というセリフを唯に言わせなかった。これはとても印象的な改変で、さすがに1度目の観劇から気がついていたことです。だから自分は「ああ、これは彼女たちが大人になる物語ではないのだ」と思いました。「けいおん!」は、「彼女たちが少しづつ、わずかに成長して大人に近づいていく物語」ではあっても「彼女たちが大人になりきってしまう物語」ではなかったわけです

しかし現在、公開中の「たまこラブストーリー」PV第二弾では、いずれのバージョンでも最後の方に「大人になる、ということ」というキャッチコピーが登場します。これはまさに想定通り、というか我が意を得たりというところです
そう。「たまこラブストーリー」は「けいおん!」とは違って「(少女たちが)大人になる物語」なのです! 今度描こうとしているのは「空の向こう」ではなく「宇宙の彼方」。故に、「たまこラ」には「山田監督は「けいおん!」を一歩越えたものを描こうとしている!」という期待と興奮を禁じ得ないわけです
そしてその必須の?要素として、「けいおん!」ではほぼ作中から排除していた「恋愛」というテーマを設定している…あるいは、恋愛が人を大人にするのだ、と位置づけているのでは…という推察をしているわけです

■タンポポとコーヒー。相反するふたつの暗示


映画PV2にはたまこのセリフが入るバージョンともち蔵のバージョンがありますが、そのいずれにも「大人になる、ということ」というキャッチコピーは最後の方に登場します。そしてそれはそれぞれ「タンポポ」「コーヒー」の絵にインポーズしています

「けいおん!」以来、山田監督は作中に登場させる花に、その場面やエピソードの主題、人物に関わる花言葉をもつ花を使ってきました。「タンポポ」の花言葉には「真実の愛」「愛の神託」そして「別れ」という意味があります。ラブストーリーというテーマにふさわしく、たまこにラブが訪れることを暗喩しているという読解が素直で、まさにふさわしいアイテムといえるのですが、一方で相反する「別れ」というネガティブな(?)意味が込められていることに注目させられます
また一方、「コーヒー」については、「たまこまーけっと」本編第一話、第三話で印象的な描写がされています。第一話では、ストレートコーヒーを飲んでたまこは苦いといい、それに対してマスターはこういいました。「コーヒーは苦い。でもそれは、生きる苦さを味わいに変えるため」といい、牛乳を差し出し、それによってたまこはコーヒーを堪能します。第三話では、ストレートコーヒーを飲んだ史織が苦いといい、たまこが彼女のコーヒーカップに牛乳を注いで「苦いよね」とほほ笑みかけ、ふたりは友人になったことを確認しました
このふたつのシーンからは、コーヒーが「生きる苦さ」を暗喩するアイテムとして(一方、他者から差し出されるミルクは、他人との関係性が生きる苦さを味わいに変えることを暗喩するアイテムとして)位置づけられている事が指摘できます

つまり、「たんぽぽ」と「コーヒー」のいずれもが、人生の苦さと味わい、辛さと幸せ、相反するものを共にふたつ、寓意しているわけです。そこに「大人になる、ということ」というコピーが重ねられる意図は明白です。山田監督は「大人になる、ということは、喜びと痛み、幸せと辛さ、両方を経験すること」というメッセージを込めているのは、ほぼ間違いない。そしてそれはおそらく、メインテーマである「恋愛」によってもたらされるものなのでしょう

■「私も変わらないといけないのかな?」


たまこバージョンのPV2でたまこのセリフがほのめかす「変化」は、「たまこまーけっと」の11話、12話のお妃様騒動のエピソードにおいても主題として描かれました。ですが、「たまこまーけっと」においては、たまこ個人のささやかな変化は、彼女を育んだ共同体や大きな時間の蓄積の中に飲み込まれるものでした。当時の自分の感想記事を引用します。

果たして、世界の象徴、御柱であるたまこは「変わる」のか、もしかしたら彼女に恋愛が訪れるのか?というところが個人的に最終回の見どころだったわけですが…
結果としては、変わりませんでした
ただし、これを単に「変わらなかった」というのは短絡的な理解だと思います
それは、彼女の長い独白によって語られたように、彼女が変わらなかったのは、彼女が彼女の生まれ育った環境、人々、出来事…つまり、彼女の根ともいうべき、時の蓄積に裏打ちされた世界との絆が理由だったからです。
この作品は、「今」の価値を描いた「けいおん!」よりも、長いスパンの時間、広い世界の出来事に物語の焦点を置いていて、その長大さ、広大さの中で、今、その時の「変化」をただの「蓄積」として吸収していく、そういう「世界」の強靭さ、そして世界の優しさを描いていたと思います。人が生まれる前の過去から積み重ねられてきたもの、そして今も積み重ねられていくものが、全て「あなたの世界」に回収されていく、この作品は、そういう価値観で描かれていた。


つまるところ「たまこまーけっと」は、そのタイトルに違わず、まーけっと=商店街というたまこを育んだ共同体、世界と、たまこの絆を描いた作品だったと言えます
しかし今回は「たまこラブストーリー」。たまこは変わるし、そこにはコーヒーが暗喩する「人生の苦さ」あるいはタンポポが示唆する「別れ」があるのでしょう

ここまでの情報をまとめると「恋愛が彼女と彼女の愛する共同体との絆を引き裂く痛みになる一方で、たまこに幸福や喜びをもたらすものでもあり、そうした相反する経験を経て、彼女は大人になる」(逆ではない。なぜならマスターやたまこが生きる苦さをミルク=人との出会いによって味わいに変えているから)という予測が、論理的に導かれるのですが…それはまだ突き詰めないでおきます。この推察には、山田監督が考える「"大人"とはなにか?」「なにをもって"大人になった"とするのか?」というもっとも重要な疑問に対する回答が欠けている。その答えは、現在ある情報だけでは、ハッキリとはわかりません…そして本作で本当に知りたいのは、実はその部分だったりするのですよねw

とりあえず今回はそんなところで

テーマ : たまこまーけっと
ジャンル : アニメ・コミック

【たまこま】 たまこまーけっと 最終回第十二話 感想

と、いうわけで「たまこまーけっと」終了しました!
最終回は実に濃厚な内容でしたw 23分とは思えない内容の濃さで、満足感が大きかったです!
で、この記事の前に、最終回直前考察記事を読まれることをおすすめして、では最後の感想へ
 
【メインスタッフ】
脚本 吉田玲子
絵コンテ 石原立也
      山田尚子
演出 石原立也
作監 池田和美
作監補佐 植野千世子
       丸木宣明
 
【印象】
・おお、初めて前回のラストからそのまま繋がってるぞ!w
・ていうか、意外と王子様、身長が高かった。たまこより低いのかとw
・わかってもらえないデラさんw
「時が何かを変えるのか」は意味深ですな
・黒服の人…っつーかもち蔵www
・まるでお見合いだなw
・王子がもちを食べるシーンで、チョイまで反応をうかがうのが笑えるw すっかりたまやの一員だなw
・豆大さん得意顔w
・メチャwww
・お姉ちゃんのこと迎えに来たって、もうそこまで話がwww
・眼の下にクマ…もち蔵…
・「しつこいな」で終わっちゃうんだw
・こういう盛り上がり方は女の子たちっぽいw
・しかしすっかり人生設計とかの話にw
なんか前回から豆大さんとデラさんの掛け合いがいいなw
・商店街の人々の質問構成っつーか、来訪者はみんな注目の的って、この社会には新陳代謝がないのかw
・マネージャーチョイちゃんw
・動揺してる。たまこ動揺してるよw
・シャッター街だあああ!w
・商店街の変異に不安になるたまこ。たまこはこの世界と強く繋がった存在だからですね
・母親の時を思い出したか…
・みどりよりもデラが先に飛び込むのは重要
・みんなに愛されるたまこ、というかたまこがこの世界の御柱なのだろう
・うん。そこが重要だw
・なんだこのアイキャッチw
・おおー、こういう構成やるの珍しいw
・たまこの身の上談。彼女が何者であるかという総括
・魔法のバトンへの未練がバトントワリングになったんだな
・糸電話はみちこさんの作ったものだったのか!
この世界のこれまでの蓄積。この世界との絆であり、彼女の根
・デラはたまこを思うがゆえに、彼女と世界を切り離すことを是としない
・たまこが自分でちゃんと断ったw
・チョイ様…それは…それは…w
ほーらチューベローズが理由ですよ!8話からずっと出てましたからw これは的中w
・土台から崩れたw
・みどり、もち蔵w お前らくっつけよwww
王子様はこの世界に取り込まれない。これも重要
・帰っちゃうんだ
・チョイちゃんは家族みたいなもの
・クマは緑のだいすきなもの
・かんなw
・それはやめとけw しかしメダルはどう捉えるべきかな
鶴。11話で折っていたもの。日本の伝統文化
チョイの首筋にも印がある? 印があればいいな? どちらとも取れる
・王宮気になるw
・ターキーw
・こういうたまこは初めて見た。変わったのか? デラとの距離感か
・にぎにぎしい商店街の全ての場所にデラさんがいるなあ
・デラさん、出て行くんだ…
・この辺りが暖かかったは、cutの監督のインタビュー思い出すな
・デラさん…あんた…それは…w
・花屋さんもあの…w
もち蔵、初めてプレゼントできた!ああこれヘタレなりの成長?変化?w
・というわけで、デラさんはたまやに帰る。デラは家族なんですなw
・ちっとも変わらぬものもある。いやそれは変わったこと、なのだけどねw 
・おしまい
 
【映像】
おいといてw

【花言葉】
チューベローズ/危険な楽しみ・冒険
チョイの判断の決め手になったもの。シリーズを見返してみると、8話から登場していて、10話ではチョイがたまこの香りに気づくシーンで、チョイの顔から化粧台のチューベローズにフォーカスが移るという決定的な演出までありましたw
というわけで、前回の感想から推察していたとおりの展開でしたw

他の花については…まあもういいかな。他の方に任せよう…w
見返していて気づくことがあったら書き足しますw

【チェックポイント】
・たまこの独白
たまこがどういう環境で育ち、どういう絆を世界と持っているか、という話
すなわち、北白川たまこは何者であるか。彼女を育んだまさしくこの世界の一部であるということ

・商店街に取り込まれない王子
王子は、デラ、チョイと違って、あくまで己のアイデンティティを自分の国に持つ

帰っていくチョイは「家族のようなもの」。ならば、残るデラはもはや「家族」であること
まあ、そういうことかとw

・メダルが象徴したこと
これは、たまこにとって日常の終わりではなかったんですね。変化を予感させミスリードさせるためのギミックであって、終わってみれば、彼女がこの世界でメダルを受けるべき、そういう象徴的存在である、という記号だったということになろうかと思います

・チョイがたまこにあげた折り鶴
チョイが日本の伝統文化を象徴するものをたまこにあげるのは、たまこがそういう存在―過去から伝えられてきたものの上にいる存在であることを象徴していると思います
 
【感想】 変化を飲み込むお餅のような世界。魂の帰属する場所
 
直前考察に書いたとおり、この作品におけるたまこの存在とは、世界観の象徴です。最終回を見て、この仮説はほぼ確信に変わりました。たまこは世界を体現する存在、世界を象徴する存在として、この作品の中で位置づけられてきた。それがこれまで感じていた、彼女に対する不透明な背景、希薄な存在感、他者と化学反応、化学変化を起こさない泰然、超然とした姿であることの理由だったのだと思います。彼女はこの作品の社会、世界そのものを体現した存在なのでしょう

そこに変化が訪れた11話。それは周辺の、社会、世界の変化として訪れ、世界を象徴するたまこに襲いかかる
果たして、世界の象徴、御柱であるたまこは「変わる」のか、もしかしたら彼女に恋愛が訪れるのか?というところが個人的に最終回の見どころだったわけですが…

結果としては、変わりませんでした

ただし、これを単に「変わらなかった」というのは短絡的な理解だと思います
それは、彼女の長い独白によって語られたように、彼女が変わらなかったのは、彼女が彼女の生まれ育った環境、人々、出来事…つまり、彼女のともいうべき、時の蓄積に裏打ちされた世界との絆が理由だったからです。そしてデラはそのたまこの独白を聞いて、たまこをこの世界から切り離してはいけないと決心し、王子にたまこのことを諦めるように頼みます

つまりこの作品は明確に、人が帰属する社会、蓄積、伝統というものの価値を訴えているのです

彼女は「変わらなかった」。しかしそれは文字通りの意味ではないのです
彼女を取り巻く環境は微妙に変わっているし、彼女の認識も変わっている。変わることを考える出来事があった。ざわめきがあった。しかしそれら全てが結局は、彼女の世界の出来事の中に回収され、吸収され、何事もなかったように「変わらなかった」。いうなれば、大河に小石を投げ入れ、波紋が水の流れとともにかき消えていくように「変わらなかった」。お妃騒動のこと、そしてこの一年のこともすべて、この世界の中で起きた出来事、ひとつの記憶として、この世界の「蓄積」になった。これまでの蓄積、世界の深みが、すべてそうした些細な出来事を飲み込んで、変わらなかった

過日ツイートしましたが、藤津亮太氏がこの作品について朝日新聞によせた評論で、彼はこの作品の時空の広さについて指摘していました。それを踏まえて言うなら、この作品は、「今」の価値を描いた「けいおん!」よりも、長いスパンの時間、広い世界の出来事に物語の焦点を置いていて、その長大さ、広大さの中で、今、その時の「変化」をただの「蓄積」として吸収していく、そういう「世界」の強靭さ、そして世界の優しさを描いていたと思います。人が生まれる前の過去から積み重ねられてきたもの、そして今も積み重ねられていくものが、全て「あなたの世界」に回収されていく、この作品は、そういう価値観で描かれていた。また、それがこの作品がたびたび、日本の伝統文化をインスパイアさせていた理由でもあるのでしょう。たまこの母親が失われた悲しみが描かれなかったのも、それがこの世界が回収した蓄積の一つに過ぎず、おそらく、そういう悲しみすらも、たまこを作ったこの世界の一部であるからに他ならない

まとめて言うなら
この世界は、強くて豊かで、すべての変化を包む
―そう、お餅のように― 優しい世界であればいいと
そして人は、そういう自分の根から離れて生きていくべきではないと

この作品が描いたことは、監督が込めたメッセージは、
つまりそういうことだったと思うのです


そして確かに、北白川たまこ、という存在は、この作品世界の象徴としてそういう選択をしたわけです

最後に、ひとつ不満をいうなら
やはり「everybody loves somebody」のキーワードを反映して、最終回はたまこに恋愛フラグを立たせてやって欲しかったですねw ドラマツルギーに反してたんじゃないかい?というw …まあ期待の範囲でしかなかったんですけどねw
この作品は、そういうせせこましいタイムスパンを描く作品ではなかった、ということですかねえw


まあ、最終回直前考察ができてよかったです
おかげで最終回の前に、この作品と握手ができましたw
こうして理解してみると、改めてものすごい着眼点で描かれた作品で、山田尚子は異能、異才の人である、という認識を強くしています。賛否、是非、評価はともかくとして、おそらくこんな着眼で、こんな作劇の作品を作れる人は、彼女だけでしょうね
彼女の次回作がとても楽しみです

まあその前に、またけいおん!とたまこま、見返さないといけませんがw

以上です!

終わりよければすべてよしということで、「たまこまーけっと」楽しませて頂きました!
山田監督、スタッフ、キャスト、関係者の皆様。どうもありがとうございました!!!
(2013.03.28 記)

■ 追記

直前考察で、この作品はたったひとつの変化を描くのではないか?と書いたのですが、当たりでした
ただしそれはたまこの恋でなく、デラという存在が、たまこの世界の一部になったことでした。大外れw

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ジャンル : アニメ・コミック

【たまこま】最終回超直前考察 たまこについての理解と作品構造

というわけで、最終回最速放送まであと2時間というところで、この記事を書いています
この記事は、一昨日からたまこまーけっとを1話から11話までぶっとおしで見返してみて、改めて作品から得た気付きと感じたことに基いて、たまこまーけっとという作品について再考、再評価してみたものです
主に一昨日、twitterでツイートした内容の加筆再編集の内容ですが、とりあえず最終回前にアップしておこうと思って記述します。時間があまりないので言いたいことを全て言えるかわかりません。頭のなかでまとまっていないこともあるので…
とりあえず書いてみます

■ たまことは何者か

これまで過去の感想で度々記述してきたように、この作品における最大の疑問であり不満点は、たまこという少女が主人公でありながら、他者と関わっても変化や成長といった化学変化を起こさず、超然として、一種非人間的な存在であることでした

通常、主人公というものは、物語のドラマの中心にあり、状況に置かれ、あるいは影響を受け、そこで価値判断を行い、行動し、事態を回転させていく、作品のリーダー的な存在です。ですが、この作品においてたまこがそうした主人公らしいアクションを取ったことは、3話での史織に対するアプローチや、7話でのチョイへのアプローチ、9話でのあんの恋の後押しをした場面くらいしか思い当たりません。なぜ彼女は主人公として期待されることに対してこうも存在感がないのか
また、彼女自身のメンタリティについても、あまり掘り下げられていません。彼女が誰に対しても友好的で、社交的で、餅マニアで…ということは描かれているのですが、それは客観的なアプローチで、しかも人間的な弱さのようなもの、影のような裏側がまるで見えない。そのことがまた、彼女を非人間的な存在に見せてもいました

で、改めてシリーズを見なおして気づいたことは、この作品はたまこに注目してみると、作品を見誤るということでした
極論すると、たまこを無視してみたほうがいい。たまこが主人公であるということをひとまず忘れて、作品全体の流れ、出来事をあるがままに見ると、サブキャラクターたちのコメディとして、その心の機微も含め、すんなりと心に入ってくるのです

それはなぜなのか? なぜたまこは作品理解の足をひっぱるようになっているのか?
その上で、たまことは何者かを改めて考えてみて、自分はひとつの結論を持つようになりました
それは、この作品におけるたまことは、世界観の象徴なのではないか、ということです

過去の感想で自分は、たまこについていろいろな言葉で表現しました。「狂言回しである」「商店街とキャラクターが被っている」「存在感がない」等々…ですが、彼女をこの作品世界の象徴、cut4月号のインタビューでいうところの「概念」の象徴と考えると、これらの表現と見事に合致するのです
つまり、この作品世界のイメージや価値観、観念、理想、テーマ、有り様の姿をそのまま、ひとりのキャラクターとして象徴しているのがたまこなのではないか。商店街の人々があらゆる他者に対して親切であるように、人々が他人を気遣い合っているように、人々がデラやチョイといった来訪者とつながり合おうとするように―たまこはそれらを単身で行う、象徴的存在なのだと考えると、全てのエピソードで彼女がそこでそうあり続けてきた理由が見えてきます
たまこは作品世界の象徴であるからこそ、狂言回しであり、商店街とキャラクターが被っているのであり、存在感が希薄なのであり、方向性を示さないのであり、他者と化学変化を起こさない、泰然として超然とした存在なのです。この作品のテーマが揺らがぬように、たまこは揺らがない
そう考えると、たまこがああして描写されてきた理由の全てに辻褄があうのです


■ 逆・セカイ系としてのたまこまーけっと

さて、たまこ(主人公)が作品世界を象徴する存在である、という仮説に基づいて話をしているわけですが

これは別の言い方をすると、セカイ系と言われた作品群のあり方の「逆」の様相です
セカイ系は、個人、あるいは「私とあなた」の内面の出来事に世界の命運が支配されるというものでしたが、たまこまーけっとは全くその逆で、世界、社会、世の中の有り様が、北白川たまこという少女に集約される。たまこマーケットはおそらく、シリーズが終わってみれば、たまこはそこにそうしてあってよかったのだ、という落ち着くべき場所に落ち着いていた、という感じになるはずで、「たまこマーケットとはどういう作品であるか」と聞かれたら、「たまこという少女のようなもの」といえばよいようになるのではないか。そこに落としこもうと作ってるんじゃないかと思うのです

しかし、そもそもこんな作品を自分は知りません。少なくともアニメでは見たことがない
出来事を動かさず、干渉もあまりせず、ドラマをリードするわけでもない主人公。しかし作品世界全体の概念を象徴し、泰然として、世界の柱としてそこにある…思いつきませんw
その是非はともかく、こういう奇抜な、別次元の作劇をするところに、改めて山田尚子という才能の非凡さ、異能さを感じるのですが、どうでしょう

■ 象徴であるたまこに訪れる変化の波と、第11話のドラマ構成

ということを前提にして改めてシリーズを見返してみると、この作品は、「たまこの世界(世界=たまこなわけですが)」に、波状攻撃のように(笑)、3度にわたって、外部からの来訪者がやってくる構成になっていることがわかります。すなわち、第1話のデラ。第6話(実質7話)のチョイ。そして第11話(実質12話)の王子です
なお、デラが鳥という風来坊な存在であるのも、それが異物、外的要因である暗喩でしょうし、デラが鳥であることは、彼ら来訪者がやがて飛び立っていく(出て行く)存在であることも示唆されていますが、それはここではひとまずおいておきます

デラとチョイは、たまこの世界を対象化し、客観する存在としてあるはずでした。ですが、デラは第1話で早々に懐柔され、チョイは第8話で懐柔され、いずれもたまこの世界に取り込まれます。それを象徴しているのが、太ったデラであり、お揃いの制服を身につけ、さらにかんなとみどりからの贈り物の衣装を身にまとうチョイの姿なのでしょう
しかし、デラはその個性故に狂言回しとして存在し、チョイは本来の使命を忘れず、第10話ラストで、たまこがお妃であることを指摘し、状況に変化をもたらします

そして、第11話では感想に書いたように奇妙な現象が起こりました
それは商店街をはじめとする、たまこを取り巻く全ての人物がチョイの言葉をあたかも確定した真実のように受け止め、たまこをそのように扱う一方で、渦中の中心にいるたまこは商店街のスタンプカードという、これまでの商店街、これまでの日常、これまでの状況を維持することにこそ関心を持ち、お妃様の話には、その意志も自覚も現実感もなく、状況に取り残され、むしろストレスを溜めこむという、不可解で釈然としない展開です

ですが、たまこを世界の象徴として見ると、この展開が必然であったことがわかります。たまこは世界の有り様に支配される存在だから、変化はまず世界に訪れ、世界を象徴するたまこが変化するのが順番なのです
世界を象徴するたまこが、世界の変化に対して抵抗する、反発する。これがまさに11話で描かれた本当のドラマであり、まさしくシリーズ最大の山場だと考えられるわけです
そして変わらぬこれまでの世界を象徴するスタンプカード(これは第1話のたまこ初登場の時からたまこが持っていた象徴的アイテム)は、全て溜まってメダルというあがりの状態になっています。つまりたまこに変化の時期が訪れていることが暗喩されてもいるわけです

で、果たしてどうなるか、というのが最終回の見どころなのでしょう

■ 最終回 「everybody loves somebody」
はたまこに訪れるのか?

こうして見てくると、この作品では、どうも、たまこの変化…もしかしたら、たったひとつの変化を描こうとしているのではないか、という気がしてきています
デラ、チョイのふたりの来訪はたまこの世界に変化をもたらしませんでした。しかし、史織との友誼やあんの初恋、あるいはみどりの部長就任などのささやかな出来事、そして第9話で明かされた、音楽の由来とたまこの父母の恋物語の逸話などの世界での出来事は、たまこに揺さぶりをかけてきているはずなのです
そして最終回での王子の来訪が、その直接的なアクションとして位置づけられるのでしょう

そうしてシリーズを振り返ってみると、第2話ではみどりのたまこに対する言語化しにくい親愛の感情が、第4話ではあんの初恋が、第5話ではたまこを巡るもち蔵とみどりのそれぞれの好意が、第7話ではチョイの王子に対する片思い、清水屋の失恋と、さおりの縁談、第9話では豆大とお母さんの恋愛とあんの恋が…それぞれの恋愛感情が度々描かれています
それらを踏まえ、この世界を象徴するたまこにもし、一つの変化が訪れるとするならば、それはおそらく作品のキーワードとして登場している「everybody loves somebody (みんな誰かを好きになる)」であるのが一番自然で、たまこが誰かを好きになる、という終わり方になるのではないか、という気がしています

ところで、改めてシリーズを見返してみて、あの糸電話でのもち蔵との会話は、たまこにとってラブラブタイム?なのかも?と思いましたw 彼女自身にはっきりとした恋愛の自覚はないでしょうが、第9話であんこのことをもち蔵に相談したりと、たまこは無意識にもち蔵に甘えているわけです。第11話でも、もち蔵にあんな言い方をされた糸電話の後でジタンダ踏んでいたりしたので…あのもち蔵との糸電話は、あれはあれでたまこにとってはちょっと幸せな時間としてあるのかも、しれませんw

■ というわけで…

これが最終回直前時点での、大雑把な作品に対する再評価と、再解析です
だいたいの骨子となる部分だけは記述出来ました。放送まであと55分ですが、こんなところでひとまずw


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【たまこま】 たまこまーけっと第十一話 感想

今回は…まあ四の五の言わないでいきましょうw

【メインスタッフ】
脚本 吉田玲子
絵コンテ 山田尚子
演出 北之原孝将
作監 池田晶子
作監補佐 内藤直
       植野千世子
 
【印象】
・南の島の国からみてお妃がいる方角は西とな??? あれ? これまで、日本は東の国といってなかったか?w 7話でハッキリそう言ってるぞ! あれ? もしかして、「たまこ=お妃」って間違ってるんじゃね?w
・王子ホント天然系だな。良い人っぽいし。まさに王子様系だな
・つーかやっぱチョイちゃんでいいじゃんw
チューベローズ畑は「王子の匂いがする」。やはりチューベローズが決め手
・つーかこの商店街、根も葉もない風聞が流れやすすぎではw
・お父さん恥ずかしいw
・間違いだと思うなあw
「王子と同じ花の香りがするのだ」。そりゃそうだろうね。前回からチューベローズを化粧台に活けてるもんねw
・ほくろの場所はある程度遺伝するからねー
・餅と深い御縁も理由なんだw
・たまこはとまどってる
・たまこモチマッズイw
・つーかその前段階となる恋愛というものはないのですか
・ここでさり気なく和食アピール。今回も和文化メッセージは込めますねw
・貴女のメダルに対する情熱は理解できんw
・もち蔵…いやお前行動しないからこうなるんだよ…このヘタレが…w
・史織さんなんか今回個性アピールすげーな。乙女系だったかw
・みどりは相変わらずたまこの恋愛対象出現が嫌なんだなw
・かんなは…まあいつもどおりかw
この花わかんねー。何この花!
・修理…メカなんだ…w
・もうちょっとキャピキャピした恋愛ガールズトークが見たかった…w

・たまこは相変わらずそういう話には興味なしというw
お妃なんてことよりスタンプのほうが大切なたまこ。たまこはあくまで変化を拒絶w
・デラさんは誰に対してもいつもどおりの方がいいなあ
・お妃より「私にとってはこっちのほうが嬉しいことだよ」
・あん可愛いなあw
・おお!映像再生してるw
・史織さん…なぜそんなことで赤くなるw
血縁じゃない確定! チョイちゃん王子様と結婚できるフラグ!w
・みどり…もち蔵…脇役の心境のほうがわかりやすいなあ
・チョイ様超王子様フリークw
・たまこ、お妃様否定発言w
チョイ様、複雑な心境…
この川辺のシーンは名シーンだねw けいおんではあまり描かれなかった切り口だと思う。強いて言うならs1e13の唯の台詞か(どの台詞かピンと来ない人は作品の視聴が足りない!www)
やっぱこの台所の花すごく気になる!なにこれ?
・お父さん、チョイ様の言葉を真に受けすぎだよw
・デラさん、お父さんとも話相手になるんだ!デラさんすげえ!本作一番の人格者!w
・もち蔵…お前はなぜそうなんだ…w
・おおおお!夜の人妻さゆりさん!w(やめろ)
・もち蔵って行動できないくせに、こういうときだけ物分かりいいんだよなあw
マスターのアドバイスが始めてお客さん(つか友人)としっかり噛み合った!!!www
・いつもと違うコーヒー、これも変化ですな
髪下ろし×メガネの最強たまこキタ━(゚∀゚)━!
・お父さん気が早いよw
・プリンセスもちって、あんたが噂の当事者だってのに他人ごとみたいにw ああ、つまり他人ごとの感覚なのか
・だめだもち蔵。お前駄目だw お前見てると男は優しいだけじゃだめだってことがよく分かるぜw
たまこが始めて感情むき出しにした
姉妹の変わらぬ関係性。今回あんこ姫はこのシーンだけで絶賛していいw
・つかパジャマで商店街出歩くなw
・王子のお付きw なんだこの画面の端っこで存在感アピールしてんのw
・というわけで、かっこいい王子様、かっこよく登場w
 
【映像】
史織、みどり、かんなが出てくるシーンでのキャラクターを異様に画面のどこかに寄せた空間配置、足元だけの見せ方が、いかにも山田尚子って感じで印象的でしたねw
下校シーンでの目から上しか見えないとか、ホントすごい大胆ですなw
演出だと、メダルないのの繰り返しはテンポよくてよかったですw

【劇中歌】
Girl on the 94/The Cupid's Toy
わざわざお父さんの歌の元ネタになる歌まで作っていたのかこの作品…監督の音楽へのこだわり、異常だろw

【花言葉】
チューベローズ/危険な楽しみ・冒険
今回も化粧台にあったもの。ここまでしつこく出てくると、お妃様の決め手になった花の香りというのはチューベローズの香りでほぼ確定でしょう

台所に活けてあったオレンジ色の花?
これが今回わかりませんでした。結構なカットで出てくるので、今回のテーマを握ってる花だと思うんですが
わからないんだよおおおおお!
というわけで、わかる方、どうか教えて下さいw

シクラメン/はにかみ、内気、嫉妬、疑いを持つ、遠慮がち、きずな
今回、ワンカットだけメダルを探してるたまこのショットで花屋さんが持ってる赤い花です
シクラメンはまずはにかみや内気、あるいは嫉妬というのが基本的な花言葉なのですが、今回のエピソードは、どうみてもたまこがはにかんだり、内気さから縁談?に抵抗を持っているようには見えなかったのですが、自分だけでしょうか…それとも山田監督的にはそういうことなんでしょうか? 今回のたまこの、恋愛に対する内面の心のゆらぎは自分にはまるで見えなかった、というのが正直なところです
だからこの花に込められた意味を、内気やはにかみと受け取っていいのか自分には確信できません
むしろ、疑いを持つ、とか、嫉妬、とか、きずな、という意味のほうが受け取りやすいように思いました

【チェックポイント】
お妃がいるのは北西。日本は東の国(第七話)
………どゆこと? ミス? それとも意図的?

■ 追記(0325)
ただ、南半球だと東西が逆になる(北に対する右方が東)ので、もしこの発言が正しいなら、王子様たちの島は南半球にあると考えられます
しかし、7話での台詞を正確に言うと、たまこの伝聞として「王子様のお嫁さんを探しに来たみたい。東の国にとなっていて、この「東」はやはり「(南の島からみて)東の国」と解釈するのが妥当と思われるのですが…???

前回からチューベローズが化粧台に×「(チューベローズ畑は)王子の匂いがする」×「王子と同じ花の香り」
というわけで、前回からたまこが化粧台に活けているチューベーローズの香りがたまこに移り、それがチョイの判断の決め手になった、と見るべきで、全ては誤解で、やはりたまこはお妃じゃないんじゃね?w

・王子とデラ、玉子(たまこ)とデラの関係性
一方、頭にとまったり、気安かったりと、デラはどちらとも馴れ馴れしくて偉そうで、対等にモノを言い合える関係性っぽい。このへんは王子とたまこの相性の良さを暗喩してもいるのかな?と思ったり。ただデラさん一番の人格者っぽいので、まあ相手を選ばないのか?

スタンプカードとメダル=変わらぬ「これまでの日常」の蓄積と、その終点
これは見たままの暗喩ですね。ただここまでメダルに情熱を燃やせるたまこにはついていけませんがw 
たまこの子供の頃からの変わらないたまこと、変わらない日々の象徴がスタンプカードとメダルです。そして、たまこがAパートではっきり、お妃なんかよりこちらのほうが嬉しいといってることから、たまこは変化を拒絶してもいます
でも、メダルが手に入ったということは、これまでの日常が「あがり」になって終わった、という象徴でもあるわけです
たまこは変化の時を迎えたわけです
で。メダルを王子が見つけてたまこに渡す。という展開は、これまで商店街に向けてきたたまこの情熱の対象が変わる切欠なんでしょうか? もしかして今回のラストで始めてようやく恋愛が始まった?
…いやあ…どうかなあそれはw
というところで今回の感想へ
  
【感想】 訪れる変化と、まだ描かれないたまこの恋
  
今回の主題は変化。これはもう自明です
ただ、今ひとつ釈然としないのは、これは状況の変化であって、内面の変化ではないということでした
これまでのたまこのポジション、たまこの日常が「貴女はお妃(候補)です」というチョイの言葉によって変わってしまう。この外的要因がもたらす変化というものに、視聴者としてついていけなかったというか、これを変化の物語と呼べるのだろうか?と正直思いました

で、さらに掘り下げて、その不満とはなにかというと、「たまこがお妃(候補)」というひとつの情報をすべての登場人物が受け取った結果、当のたまこは変わらないのに、なにも変わっていないのに、周辺はもう「そのつもり」になって、たまこへの接し方、認識が変わってしまう。それが不可解で、不満なわけです
で、そこまで考えて、ふと、これはこれまでの回の感想で言っていた「誰とも化学反応を起こさない変化しないたまこに対する不満」が逆転現象を起こしている事に気づきます。つまり今回は逆に、「不確定な予言的情報であっさり変化を起こした周辺に対する不満」なわけです
これは今までの鑑賞姿勢と矛盾しているようですが、実は矛盾してません
今回の話は、原因と結果が逆転している。たまこ=お妃という結果がチョイに予言され、しかし原因であるべきたまこの気持ちは何も変わっていないのに、たまこ以外はその結果を肯定して、結果からたまこを見ている
一方、これまでは逆に、原因となるべきたまこに変化が起こらないせいで、何の展開=結果も見えてこないことに不満を感じていたわけです。つまりどちらにしても、因果の見せ方がおかしいんじゃないの?というわけです

だから今回のエピソードを「変化を巡る話」としてすんなり受け取れない
で、このなんともチグハグしたセンスのズレが多分、今回に限らず、この作品に対して自分が釈然としていない理由じゃないかな、と、自己分析しています。やっぱ肌に合わなかったのか、自分のセンスがおかしいのか…うーん…

でまあ、そんな自分の不満点・混乱点はさておき、ではその変化に対してたまこはどうであったのかというと、ひたすら変化を拒絶するスタンスでした。そのために用意された象徴的アイテムがスタンプカードとメダルで、たまこはこれまでの自分に執着して、変化を拒絶するわけです。しかし上記したように、スタンプは「あがり」を迎えて、メダルという「終点」にきたわけですから、その「変化しないこれまで」は終わった、と見るのが妥当です
よってまさしく、まさしく今回の次の回こそ、たまこが変わる回…になるのがおそらくドラマツルギーというものなのでしょう。最終回ですけどね!!!w
というわけで、これまた上記しましたが、もしかしたら次回こそ、たまこの恋愛の香りが少しは漂ってくる…の……かも……しれません……(まさにベスパで崖突っ込む追い詰められ感w)

でまあ、今回また別に気持ち悪かったのは、一種の縁談話のようなものなのに、肝心の恋愛感情についてはたまこも含めて誰も言及してないという不気味さでした。自分は最初、恋愛感情に関する情報を作中から読みそこねたのか?と思って見返したのですが、どうも恋愛感情のようなものはどうでもいい感じというか描かれてない感じ…
え、えーと…いや、お妃様で結婚とかいうなら、まずその前にあるべき惚れた腫れたはどうしたの?っていうw ここでもチグハグというか…それとも俺がおかしいのか? もしかして、女性が見ると今回の話は「わかるわかるー」「あるあるー」なのか? 俺にはさっぱりわからん!w

いやさあ、もういっそ色々妄想してキャーキャー盛り上がる姦しい下世話なガールズトークとか見たいんだよ俺はw つかぶっちゃけ、山田監督の恋愛観が見たいんだよ!!(ぶっちゃけすぎw)
 
変化を巡る話としては、むしろみどり、かんな、史織の3人が川辺で交わす会話のシーンのほうが印象的でした
新しい世界に出て行く身近な友人の変化に、自分が取り残される、あるいは自分も変化を迫られている感じ、焦り、不安、戸惑い。もう実に10代の青春っぽいw 上の答え合わせじゃないですが、けいおんでいうなら、s1e13で唯が言った、「私をおいて大人にならないでよ」です。今回の川辺の3人の会話のシーンは、山田監督の青春譚としてちょっと新しいモノを見せてもらったという喜びがありましたw やっぱ監督!また青春もの作ろうよ!!!w

それとやはり印象的だったのは、その前の、お妃をたまこに否定されたあとのチョイ様の沈んだ表情
あれは辛いなれるものなら自分がなりたいポジションを、その資格がある人に否定されてるんだから。あのシーンの繊細さはとても良かったです。そして同時に、たまこの無頓着さが無意識に他人を傷つけるという、2話や5話あたりでもかいま見えた、たまこの悪気のない悪質さが描かれたシーンでもありましたが…まあ、そこでたまこを悪く描かないところが上手いんですけどね。この作品w

で、次回はいよいよ最終回
今回もやっぱり思うんですが、多分、次回で全てにケリがつくということはないでしょう。今回明かされた情報から、たまこはお妃候補ではなかった、というオチはありそうですが。やはりこの1年間のたまこたちを覗き見したお話、として終わるのだろうと思います

■ 追記(0322)

婚姻関係の話が出てきて、当事者そっちのけで周辺が盛り上がって話を進めていく、という流れに既視感があったのですが、思い出しました。「うる星やつら オンリー・ユー」です! この感じはうる星オンリー・ユー!w 
ああスッキリしたw でもうる星のあのコメディワールドとちがって、たまこまでやられるとものすごい違和感がありましたw

以前に夏の回のショットでもうる星ビューティフル・ドリーマーを彷彿とさせるシーンがあったりして、意外とうる星からのインスパイアがあったりするんですかな?w

■ 追記(0325)

台所に飾られていたのはイエローマジェスティかも? なら花言葉は「全て良し、エネルギー、燃える思い、家族愛」となりますが…ちょっとわからないです

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ジャンル : アニメ・コミック

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