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【WOWOW】 20150429「たまこラブストーリー」感想ツイートまとめ

以下は、昨日WOWOWで初めて放送された「たまこラブストーリー」の感想ツイートの主要部分の抜粋をまとめたものです
現時点での自分の読解上の重要な部分に絞ってツイートしました。要するに本作は母と娘の物語である、ということが指摘できる、ということです

この作品については、たまこともち蔵、たまことみどり、みどりともち蔵、かんなとみどりといった主要キャラクターの関係性について切る意見は多く見られましたが、個人的にはあまり登場していないひなこが本作について全体的に干渉し、存在感を持っているということ、また、ひなこは本作において、また北白川たまこという人間について語る上で非常に重要な人物で、たまこの恋愛によって、それまでのひなことたまこの関係性が変化していく物語である、という指摘がされるべきと思います。

以下抜粋

たまラブについては、簡単に私的な作品読解などやりながらつらつらツイートします #tamakolovestory #WOWOW

【前説1】本作は「たまこともち蔵の恋愛譚」で、2人の関係性の変化を描くものなんですが、自分はこの作品を読み解く補助線として「たまことひなこの関係性の変化」を指摘します #tamakolovestory #WOWOW

【前説2】死者であり母親であるひなこの存在はこの物語の全般に影を落としていて、本作には「死」がちらついています

【前説3】ドストエフスキー曰く「娘の恋は母にとっての娘の死である」飛び石のシーンでのたまこの水没はそれまでの彼女の死と新生と見立てることが出来ます。たまこが裸眼になるのもその後二輪刺しが行われるのも同じです #tamakolovestory #WOWOW

【前説4】恋愛はたまこに「亡母の代役」ではなく「大人の彼女自身」になることを要求し、彼女が亡母の後押しを得て、母と対等なひとりの女性として成長する姿を本作は描きます。つまり「男女の恋愛譚」であり「母娘の死と新生の物語」でもあります #tamakolovestory #WOWOW

メタファー抜粋。「川」時。「水」死/冥府。「引力/磁力」「りんご」「風船」思い。「宇宙」未知の世界=未来=大人=恋愛。「おもち石/お餅」ひなこ。「ずぶ濡れ」「裸眼」生誕=すでる。「二輪差し」死者ふたり=ひなことそれまでのたまこ  #tamakolovestory #WOWOW

「MARS」火星=♂=大人の男性。「明けの明星」=金星=♀=大人の女性。「糸電話」「飛び石/橋」「階」「風」「テープ」「新幹線/鉄道」これらは今いる場所から別の場所に人や思いを橋渡しするもの  #tamakolovestory #WOWOW

【告白のシーン】

もちはひなこのメタファー。ふたりはひなこのことを口にしていないが、共に同じく彼女を連想している。もち=ひなこの死こそ、ふたりの障害。それを象徴する石が水中に姿を消して、告白する #tamakolovestory #WOWOW

たまこもここで一度擬死する。ずぶ濡れでコンタクトレンズを失い裸眼になり、もちについても新たな刷り込みが行われる。母親の代役になる呪縛に囚われていた彼女が生まれ変わるということ #tamakolovestory #WOWOW

それまで、もち=ひなこであったものが、もち=もち蔵に刷り込みが変わっている #tamakolovestory #WOWOW

もち蔵との関係性の変化であると同時に、母親との関係性の変化でもある、ということが指摘されるべき #tamakolovestory #WOWOW

【コンタクトレンズを付け直す朝→体育館のシーン】

水に落ちてからたまこは生き直しているといえるので、コンタクトレンズを付け直したのは(成長が)追いついたということ。この日に休ませてもらえるというのは、彼女がそれまでの母親の代役から名実共に解放されたということ #tamakolovestory #WOWOW

で、ようやく彼女にとって、もち蔵の気持ちを受け止められるかが命題になる #tamakolovestory #WOWOW

【母のカセットテープの歌を聞くシーン】

ここでのひなこは母親ではなく、恋をする同世代の少女で、ここでたまことひなこの関係性は母と娘から、女性同士になる #tamakolovestory #WOWOW


つまりこの作品は娘の恋愛とそれによる自立によって母と娘の関係性が女性同士に変わるという古典的なテーマをちゃんと描いている #tamakolovestory #WOWOW

糸電話はふたりの間に架かる橋。本作は橋を架ける話といえる。監督談の通り、ラブストーリーはここからはじまるw #tamakolovestory #WOWOW

たまラブに関しては、ひなこが全体の物語に影を落としていて、話を動かしているという指摘がもっとあるべき。もち蔵の告白、福の入院、カセットテープと、要点は全部彼女が暗躍?している。くどいようだがこれは母と娘の物語でもある  #tamakolovestory #WOWOW

以上

■ 補足説明という読解解説本文 (0430) ■

以下は私見とお断りしつつ

この作品を論じる上で、ひなこの存在がクローズアップされていない現状は、個人的には大変不満があります
それは、たまこともち蔵の恋愛を語る上で、実はひなこの存在―正確には、彼女の死―は長らく横たわっていた障害だったと指摘できるからであり、この障害が取り除かれるところからふたりの物語は始まっているからです。そしてそうである以上は、ひなこの死、ひなこの存在がどうにか処理されなければ、この物語はハッピーエンドとならないわけです

ひなこが死んでから、たまこは自分の家族におけるポジションを母親の代役と設定していて、彼女自身、母親のようになることを理想としています。前者はムックなどで監督が指摘したことで、後者はまさに飛び石のシーンでたまこがもち蔵に語るところです。TVシリーズで彼女がある意味非人間的なまでに超然とし、家庭の中で要としてあり、女子高生らしい初々しさを見せなかったのは、つまりひなこの死を経た結果といえます
そして、たまこが母親の代役であろうとするがゆえに、もち蔵もたまこに近づけなかった。もち蔵のシャイネスだけが告白できなかった理由ではなく、たまこが母の死によってどうあろうとしているかを知っているからこそ、彼は告白できなかった。それはまさにあの飛び石の場面でもち蔵がひなこを回想し、その後一度告白を断念するのは、つまりそういうことでしょう。彼は亡母の影を追い続けるたまこに告白することの重さを知っていたのだと思います

過去の記事でも指摘した通り、橋は民俗学的に「ふたつの世界の境界/淡い」という特殊な空間であり、作劇上も出会いや別れ、生と死、次のステージや、異世界とこちらの世界の境界など、いくつかの象徴的な意味を与えられる舞台装置です
あの飛び石=橋もそうであり、ふたりは死者であるひなこを回想しますが、それは概念的にふたりはひなこと邂逅しているといっていいわけです。たまこはもちにひなこを投影していますから、ひなこはたまこが手にするもち石に降霊しているといえるのですが、その石がひょんな事で水の中に消える。これはひなこがふたりの前から姿を消した、といえるわけです。だからそこでもち蔵は告白できた。見方を変えれば、ここでひなこはここでもち蔵の告白に助力したといえます

続いて、たまこがひなこ=もち石が落ちた水の中に水没します。これは彼女もひなこと同じ死の世界にいったメタファーとなります(ちなみに彼女はかなづちで、水の中で目を開けることもできないはずです。単にびっくりしている、というのは表層的な意味で、彼女は"死んだ"わけです)。その後、水から上がった彼女が「それまでの口調を忘れる」のも、「ずぶ濡れ」で実家に現れるのも(生まれたての赤ん坊は羊水でずぶ濡れ)、裸眼になっているのも、たまこが「誕生しなおした」「生まれ変わった」メタファーと読み取れます。また、その翌日、月が隠れて雨が降るシーン。画面左手前に「万両」がアップで登場し、メガネ姿のたまこが縁側に佇んでいます。この万両という植物は、お正月に縁起物として備えられることで知られていますが、さてたまこの誕生日は何月何日だったでしょう? そう、12月31日でしたよね(笑) 万両がたまこの手前にあるのは、たまこが生まれ直した翌日のこと、という意味になるのです。たまこが足がもつれて転ぶのも、まだ生まれたてだからです。またこの後のシーンでさり気なく母に捧げている一輪挿しが二輪挿しになっていることにも気づきます。もう一輪は、それまでの彼女、水に落ちて"死んだ"北白川たまこに捧げられたもの、と読めます。どうでしょう?たまこはあの時一度死んだのだ、という暗喩は、軽く列挙するだけでも実に6つも出てくるのです。これらは、たまこがもち蔵の気持ちと向き合うには、彼女が母親の喪失の打撃から解き放たれ、転生する必要があったからこその演出なのだと思います。彼女はコンタクトレンズをつけない間、メガネをつけていますが、そのメガネ姿は彼女の少女時代と同じであるという指摘も出来ます。

だから、水に落ちた後のたまこは、急速に「母親を失って以後の人生を生き直している」といえます。だからこの間、彼女は昔の母親とのこと、もち蔵とのことをいろいろ回想し、周辺との関係性を見つめなおしていくわけです

彼女の転生が現実の17歳の彼女においつくのがコンタクトレンズを再びつける日で、この日、たまこは豆大からひなこが死んでから初めて、休んでいいと言い渡されます。これはたまこが今までのたまこ=母親が死んで以来、母親の代役を努めようとひたむきだった彼女から解放された象徴でもあります。彼女は17歳相応の普通の少女になったのです

ですから物語の順当として、ここで改めてきちんと、もち蔵の告白に向き合うことになります。それが体育館のシーンです。そしてようやくここから、たまこはもち蔵を異性としてちゃんと意識し始めますし、今まで気付かなかった、商店街の人たちの側面―夫婦などの関係に気づいて、認識を広げ、成長していきます。ですが一方で、もち蔵はあの飛び石で、告白した石の先にいってしまう。彼は彼の中の気持ちに区切りをつけて、自分の将来に向かおうとしてしまう。つまりピンチです

そこで福の入院事件が起こります。この事件の原因はなにかというと、これも「もち」です。穿った見方をすれば―というかおそらくこれはそうなんだと思うのですが、これももち=ひなこの助力だったと思うのです。この事件を通じて、たまこは無意識にもち蔵を頼り、もち蔵はたまこを放っておけず、たまこはもち蔵を頼もしいと思います。ふたりの関係が少し進展するわけです。しかし、あの病院の会話のシーンで、たまこは自分ともち蔵の関係が危機にあることを認識します

で、友人たちの助力を得て、たまこははっきり自分のもち蔵への恋愛感情を自覚します。しかしうまく告白できない。そこで最後にたまこの背中を押すのが、たまこと同世代だった頃にひなこが遺した肉声、ひなこ自身の恋愛への姿勢、態度だったわけです。これこそひなこの最後の助力です。それは同世代の恋する乙女同士として贈られたエールであり、ここでひなことたまこの関係は、母と娘ではなく、同じ「恋する女子同士」という独立した対等の関係として再構築をみるわけです(ちなみにたまこの友人たちは誰も「恋する女子」ではない(笑) 告白への返事はひなこだけができたエールというのがポイント)
そしてこの親離れ、子離れこそまさに、たまこにもち蔵の気持ちに応える勇気と確信を与え、告白を決意させる、という構成になっています

つまりこの作品は、たまこともち蔵の関係の変化を描いただけではなく、たまこの新生とひなこの関係の変化をその裏面として描いているわけです。ストーリー上の重要なポイントである、「もち蔵の告白」「福の入院」「たまこの決心」そのいずれにもひなこの存在が間接的にあり、相補的に作用していくことで物語が進展しているといえます
本作を単に、たまこともち蔵の話、たまこと友人たちともち蔵の話、たまこと友人たちと商店街ともち蔵の話、と理解するだけでは不十分であり、さらに死んでしまった者が関与していて、それによって世界が完成しているわけです。

「母と娘」というテーマは大変古典的で、また現在の問題でもあります。母と娘は、娘の成長に従って親子ではなく女同士に変化する、ということは多く指摘されてきました。本作でもそういう視点が踏襲されて作品が作られているといえるでしょう
 
しかしそれ以上に、ひなこの存在を重視したのは、山田監督がTVシリーズのたまこという人物を掘り下げた必然であり、それが彼女の人物像を理解する上での本質と位置づけたからだろうと思います
よってこの指摘は本作を理解する上での本質的指摘であろうと自負しています
 
(20150430 初稿)
(20150503 追補)
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【感想】「響け!ユーフォニアム」 第三話感想

えーと、今夜が第四話ということで、第三話の感想です
以下、相変わらず原作も情報誌も第四話予告も見てない状態での感想ですw

全体的にはまあ想定通りの方向性なのですが、第三話で衝突すんのかな?と思ってたらもうちょっと意外な背景だったことがわかってきました

第一話感想で言ったように、自分は熱血部活動から脱落する人たちやその主張がどう描かれるか、が見たいのですが、昨年の事件を踏まえると、やる気のある人達は退部してしまい、今部活に残ってる人はやる気のない側、ちゃらんぽらんな連中と、やる気はあるものの事なかれで燻ってる人たち、なんですね。見たかった揉め事は去年終わっちゃってる。ちょっとこのへんは肩透かしを食らった気分で、個人的にはテンションが落ちましたw
つまりこれから展開するのは、やる気のない人たちが排除される話、ではなく、燻ってる人たちの逆襲というか、彼らがどう部活の主導権を握るか、という流れでしょうから、自分が見たいものとは微妙に方向性が違ってきそうです。ちょっとがっかりw

ところで、ネットでの反応を見ていると、今のところこの作品は「吹奏楽部あるある」でウケている感じなのですが、どんなテーマものでも、「あるある」で盛り上がってる間は、いわば身内、内輪ネタで盛り上がってるだけです。正直そんな内輪話で盛り上がってる間はまだまだ凡作なんだろうなと思ってます
その殻を破る魅力が出てくることに期待しています

■ 2年生が少ない

普通、部活動って3年はそんな目立たないというか、2年生が中核に来るわりには、青いスカーフが目立ってないなあという気はしてましたが…
今後、出戻り部員が帰ってくることもあるかもしれませんね

■ あすか副部長

自分はこの人、かなり腹黒というか策士なのかなと思ってましたが、第三話でずいぶん印象が変わりました。この人はこの人なりに、トラブルを経験した部長を守って調整役に徹してる善人?みたいです。前回の多数決も、単に思いつきだったか、彼女なりにトラブルを避けるつもりだったのかも…肩透かしだ!w

ただ彼女がやる気のある側の人物であるのは間違いないようで、今の部活動で燻っている人なんでしょう。その意味では、油断のならない要注意人物であるのは変わりません。どこかでなにかやってきそうな期待感は依然としてあるので、注目したい人です。というかある意味、主役食ってますねw

■ 第三話の滝先生

彼がああいう人なのは想定通りですが、それはそれとして、技術指導はしないんかいw 技術指導以前の問題なんですか。そうですか。でもまあ、パートごと練習→合奏と言う流れだと、合奏段階ではパート間の調整をするだけで、そこで各パートの練習をするものではないんでしょうね

しかしまあ、しっかりやれといちいち煽るタイプではなく不干渉の姿勢で、ある意味で放任主義。生徒の意志を尊重するという言葉に偽りなしのようです。ということは、この人がプレッシャーをかけてくるということもなさそうで、期待したほどの脅威にはならないのかな?と。そこもちょっと肩透かしw

■ 麗奈とか主役とか

トランペットを吹く麗奈さんの背後にあるのは藤の花。花言葉は「決して離れない」なので、彼女の吹奏楽への決意の強さを描いてましたが、でもなんでこんな吹奏楽のレベルの低い学校にきたの?という謎は残ったまま

主役たちは…サファイアのキャラはちょこちょこと描かれてましたw 久美子に彼氏?がいることについてもっと下卑たガールズトークで盛り上がれよ!弄れよ!って思ったのは自分だけですかw

■ 「本気」が鍵

今の部の雰囲気は、サンライズフェスティバルがあるからそれまでに練習やらなきゃ、というものです。つまり体面や慣習、惰性でやっているだけで、やらなきゃと言いつつも、それは必ずしも内面からやりたい、というものではない。つまり「本気」ではないわけです。これから、本気の人と本気でない人がいる、というところが論点になってきそうです

今後は、本気であることをどう魅力的に、肯定的に描けるのか、というところが注目点でしょうか。しかしやる気があっても、才能がなければむしろ本気って心をへし折るんですよねえw その辺も描いて欲しいところです


というわけで、自分のテンションを反映しつつ、今夜の第四話前の感想終了w

【感想】「響け!ユーフォニアム」 第二話感想

えーと、第三話を前に、第二話の感想。これもただの雑感ですw
相変わらずアニメ本編以外、原作も含め一切の情報を摂取していませんので、錯誤があってもご了解くださいw

第二話になって、ようやく「お?面白そう!」になりました。第一話は先週の感想でも述べたように、希薄な内容を濃い演出で見せるというもので、内容的には特にフックするものではありませんでしたが、第二話になって登場人物の思惑や今後の方向性がうかがえるものになり、ぐっと魅力的な作品になったと思います

第一話感想前回の記事で述べた通り、各部員の部活動に対する意欲格差があり、第二話以降の方向性として、共有価値(目標)の設定がテーマになるだろう、という予見をしてたわけですが、第二話で案の定、そうなってきました

今回の最大の見所は、なんといってもその「共有価値の設定」をする物語の流れ「滝の問題提起と、あすかによる多数決」という"謀略"です

ええ、あれは「全国大会を目指す」という結論に至るための謀略でしょう。自分はそういう見解ですw

■ キーパーソン

この"謀略"を論じる上で、ポイントになる人物が3人います

1)滝先生(顧問)
2)あすか(副部長/低音リーダー。3年)
3)あおい(幼馴染の先輩。3年)

この3者は吹奏楽部が早速直面した「今年の目標」つまり自分が先週いったところの「共有価値の設定」を巡って、それぞれ象徴的な役割をもっていると思われます

滝先生は、一言で言ってかなりヤバイ、最悪の人間という第一印象でした(笑) 部員に対してまさしく「共有価値の設定」を求めた彼のやり口は、恐ろしく辛辣で暴力的です。それは口調が怖いとかそう言う話ではなく、この人物は腹黒ということです。これまた後述

あすかは向上心がある人間でしょう。全国大会を目指していそう。明るくて社交的な表面に騙されそうですが、彼女は内心では策士なんじゃないかなという。それを感じさせたのが、彼女の提言した「多数決」だったのですが、それは後述

あおいは彼女は「多数決」で唯一、全国大会という方向性に否を挙手した人物です。彼女の姿勢についてはまだ予断を許さないところがありますが、これを久美子に「アリバイ」といったことが彼女を理解する上でのポイントになる発言でした。いろいろ語るべき人物のようです。これも後述

というわけで、論点を語る上で、今回一番重要なシーンはBパートの「多数決」でした。ここを見ていきます

■ 滝の辛辣な「誘導」

今回、部活動の目標設定がされました
この問題提起をしたのは新任顧問の滝で、その決定方法に多数決を設定したのが副部長のあすか、唯一「全国大会」に反対を挙手したのがあおいという配置です

で、端的にいうと、滝のやり口は詐欺師やブラック企業のそれでしたw 
要するに、彼がやったことは完全な誘導です。まず顧問という強い立場から、生徒に対して、さり気なく目標設定をしましょうと提案。自主性を尊重しますといい、すべての決断の責任が生徒自身にあると設定しました。その上で、まず「全国大会」という文字を黒板に書き、バツすることで、全員に全国大会を印象付けておいてから、その否定に罪悪感を抱かせました。その上で「『全国を目指す』か『楽しい思い出づくり』か」という二者択一に全員の思考を縛ったわけです

これでは彼がいくら「生徒の自主性を重んじる」だの「私はあなた達に従います」と言ったところで、生徒の思考が全国大会に誘導されるのは必然です。さらに悪質なのは「これはあくまで生徒たちの意志で決めたこと」という責任意識を生徒に抱かせ、自分は手を汚していないという体面を守っていることです
彼の最大の武器は「正論」であり、これを暴力的に行使したのがこの問題提起でした

いくらなんでも狡猾過ぎる!w

おそらくこの手の文化部の活動において、最初に揉めるのはその点で、こういうことははっきりさせず、なんとなくなあなあにしておくことで、衝突を避けるものなわけです。このことはこのずっと後のベンチのシーンで、あおいが久美子に話した「みんななんとなく本音を見せないようにしながら…ぶつかってみんな傷ついちゃう」で回収されてます。おそらくこれまでの吹奏楽部はそういうもの、なあなあにしてきた部、だったのでしょう

しかし滝はその問題を避けず、あくまでやらねばならぬものとして穏便に問題提起し、生徒の自主性を重んじるという正論をもって、狡猾に価値の選択を部員に強要しました
ですから、彼の真意は明白で、もとより滝は「吹奏楽部を全国に導きたい人間」なのです。そして「部員自身にその責任を帰結させた」ことで、全国大会を目指す意志のない、不都合な異端の存在を排除するための正論、大義名分まで整えてしまったわけです。今後の部活動において、全国大会という目標に否を唱える者は、この大義のもとに部から排除されていくでしょう

彼は間違いなくこれを意図的にやっていて、その上で生徒の動揺や困惑を笑顔で流しています
これを極悪人と言わずしてなんという!w

しかしこの決定に「多数決」を持ちだしたのはあすかでした。実はこの多数決という方法がまたマズい。最悪の方法です

■ 多数決という「謀略」

リアルタイムで見ていて、滝はやべえと直感しましたが、あすかが多数決を言い出したのはさらにまずかった。それはまずいとツイートしたくらいですw

部活動の目標設定、共有価値の設定は、多数決で決めてはいけない類のテーマでした。個々人の自由意志があり、希望や方向性があるわけですから、十分なコミュニケーションを重ねることでしか、見解の一致に至ることはありません。しかもその結論は二者択一であるとは限らず、吹奏楽部は「全国大会を目指す人たち」「楽しい思い出を作りたい人たち」の二部制になっても良かったはずなのです。しかしこの余地は、滝の提示した二者択一への誘導と、あすかの多数決の提言で完全に消されてしまいました。とんでもない詐欺ですw

そこで当然に「あすかの多数決の提言は意図的なのか?」「あすかと滝は実は裏で手を組んでこの謀略を仕掛けたのか?」という疑問がわきます。というか見ていてリアルタイムでそう思ったわけですがw 

「あすかの多数決の提言は意図的なのか?」…まあもうこれは素直に、意図的なものであり、あすかは全国大会を目指したいのだ、と理解するべきでしょう。彼女が吹奏楽部に対して意識が高いことは、そのやる気の凄さから十分にうかがえることで、おそらく熱意の空回りしている部活動に彼女なりにストレスをためこんでいたのではないかと思います。あの滝の問題提起は、現状を打破するには十分なお膳立てであって、頭の回転が早ければ、あそこで多数決を持ち出せばその結論がどうなるかは自明でした…が、この展開は彼女一人ではかなり不確定要素の多い話で、当然に後者の疑問がわきます

つまり「あすかと滝は実は裏で手を組んでこの"謀略"を仕掛けたのか?」。これは、第二話の内容からだけではなんとも言えません。滝は新任顧問ですから、すでにあすかと接触していたかどうかはまったく不明です。しかし滝の誘導とあすかの多数決の連携がなければ、「吹奏楽部が全国大会を目指す」という結論に至る確率はだいぶ下がっていたのではないでしょうか

このへんは今後、真相が明かされていくことでしょう

■ あおいのポジション

で、この多数決において、唯一あおいだけが全国大会に反対を挙手します

自分はリアルタイムでは、彼女は滝とあすかの意図を看破した上で、唯一対抗措置をとれた人なのかな?と思ったわけです。あそこで反対の意思表示をして部に残ることは、ふたりの謀略に対して唯一有効な、手続き通りの対抗手段です。それは今後、嫌なことに嫌と意志表示できる必要十分条件を整えたわけで、彼らにとっては喉に刺さった小骨のような存在になれるでしょう

ですが…数回見返すと別の可能性が濃厚になってきました
彼女はどうも、なんとなく部活をやってきて3年目を迎えてしまい、それに後悔している人のように思われます

それを読み解く鍵は、ベンチでの久美子との会話です。そこで彼女は反対の挙手について「アリバイ作り」といいました
「アリバイ」とはどういう意味か?
これは上記したように、これは謀略への対抗措置という意味にも取れます
しかし久美子との会話全体の流れからすると、あれは自分自身の過去2年間に対するアリバイなのではないでしょうか
あそこで全国大会を目指すと挙手することは、過去の無作為だった2年間を否定することになる。反対に挙手しなければ、それまでの自分を正当化できないわけです。しかし本当は、全国を目指してみたいという気持ちがあるからこそ、あれは「アリバイ作り」になるのではないか…というわけです。すると、「久美子ちゃんも気をつけた方がいいよ。3年なんてあっという間だから」というセリフにも筋が通ります。

また傍証として、久美子と鴨川の橋を渡って話すシーンで、画面奥への信号は赤、進行方向の横断歩道は青で、そのまま点滅する青信号を真っ直ぐ渡っていくという演出をやっていますが、場面の会話と相まって、彼女がそれまで挑戦をしなかった人であり、もう時間がない、そのまま進むしかないことを推察させます

多分、彼女は目標を目指してがむしゃらにやらなかったことを後悔している人間であり、目標の定まらない、ふらふらしている久美子の反面教師となるべきキャラクターとして設定されているのだろうと思います。もしかしたら久美子の背中を押す役割もあるのかも

しかし、なぜ今年1年頑張るという選択をしないのか?できないのか?時間がないのか?という疑問が残ります
彼女もしばらく追っかける必要があるでしょう。今後、吹奏楽部では本音が噴出して、本当に全国を目指したい人とそうでない人のトラブルがなにかしらあるでしょうし、そこで鍵を握る人になるかもしれません

■ で、久美子は?w

で、主人公の久美子。あいかわらず麗奈とのことでウジウジして、楽器もユーフォと流され人間です…ダメダメだなお前w

上記の大局にもほぼ無干渉。多数決について「ああいうの嫌じゃない?」と挙手しなかったことにいろいろ言い訳をしています。またあおいには、ああいう言われ方をしたら全国大会に挙手しちゃうだろうとも言っています
つまり彼女は謀略の本質を看破しているのですが、それは彼女の本心でも関心事でもなく、彼女の本心はあくまで麗奈とのこと、自分がどう見られるかであること、というのが皮肉もあって面白かったですw

ここから彼女がどう目標を目指す人間になっていくかは、おいおい見ていくしかないですね

■ その他人間関係

他のキャラも人間関係がうかがえる演出がいくつかありました
後藤(チューバ)とふっくらした2年の女子は交際してるっぽいですね
かおり(トランペットリーダー)はリボンの2年にとってアイドルのようですが、トランペットを吹いた麗奈を見る目が怖いw 彼女自身、同級生を侍らせていて、お姫様気取りのタイプでしょうかね。麗奈のライバルもしくは意地悪する役回りになりそうな感じです
まあ、今回もモブがモブではない作品になっていそうですw


というところで今夜の第三話へ

第二話にして方向性はほぼ予測通り
そして前回の記事に述べた通り、自分の関心事は、成功目標を目指さない人たち(異端者)がどう扱われるか、なのですが、上記の通り、彼らを堂々と排除できるお膳立てがされてしまいました。これは今後、いろいろ揉める可能性があるにせよ、ちょっと痛い決着になりそうな予感です
いやー、今夜も滝先生が何やってくれるのか興味津々ですね(笑)

【私見】 「響け!ユーフォニアム」の見どころと意義について

ユーフォニアム第1話の感想はこちらの記事を
それを前提にして、自分が思う本作の展望と、作品の意義など、簡単に書き起こしておきます

******

第1話感想でも展望で記述した通り、またスタッフコメントなどを見ても、本作は、やがて部がまとまって、金なり全国大会なりを目指していく話になることが推察できる。つまりスポ根もの路線というわけだ

そこで自分が注目するポイントは
「ふるい落とされる人たち」をどう描くか
「目標に向かって行くこと」をどう描くか
このふたつだ

今は時代の価値観が「全体<個人」「努力<楽しさ」「優勝や表彰、プロデビューなどの社会的成功<個人の充足感(=自己実現)」といえる。一言で言えば個人主義が支配的ということだ
努力・克己・切磋琢磨、そしてその先にある勝利、そして社会的成功(=自己実現)を唯一至上の価値とするかつてのスポ根は、80年代、90年代を通じて浸透した個人主義礼賛と、努力が必ずしも報いられるものではないという現実認識、一種の諦観が浸透したことで訴求力を失った

ところで、特に昨今の娯楽作品における「努力」の嫌われようは相当なものだ
少年ジャンプはかつてキャッチコピーに「友情・努力・勝利」を掲げていた。今も友情や団結、勝利は重んじられているが、今のジャンプの作品は、努力型でなく天才型やひょんな事で才能を得た主人公が目立つ。これはラノベではさらに顕著で、まず主人公は努力などしない。「楽して自己実現」こそ魅力的で訴求力のある主人公の姿なのだ

ちなみに、「けいおん!」はそういう時代の延長線上に登場した「部活もの」だった。「けいおん!」は、個々人の価値観をぶつけあうことや、目標のために全 体を重んじ個を棄てること、根性と努力で成功を目指すことetc…を排除した「現代的部活もの」としてできあがっていた。これは自分が2010年に「けい おん!」を総括した時にすでに指摘したことだ。しばしば「けいおん!」は唯たちが練習をしていないと批判されるが、これは誤読で、確かに唯は天才肌だが毎日ギターを練習している。練習する姿が画面に描かれていないだけで、描かれなかったのは努力を毛嫌いする視聴者のニーズを読んだに過ぎない、といえるw

しかし「ユーフォニアム」はあえて時代の価値観に逆行して「古典的部活もの」であるスポ根をやろうというのだろう。社会的な成功を至上価値として、全体がまとまり、努力し克己し切磋琢磨し、目標を目指すという物語を
それはある意味で「けいおん!」の対極にあるものを作ろうということだろう

今のところ、自分はこの作品の目指すところを上記のように理解している

だから最初にいったことがポイントなのだ
その一方で「ふるい落とされる人たち」―つまり、全体の協調や努力、成功に重きを置かない人たち。努力なんかより、全国大会や金を取ることより、自分が楽しければそれでいいじゃないかという人たち、今の世間のニーズを含む層。もっと露骨な言い方をすればそれは「けいおん!」でもある。それがどう描かれるのだろうか? 下世話な話、そこには興味があるw

そしてもっと重要な事は、一度は時代や世間に拒絶された、昔ながらのスポ根の登場人物の姿を、どう訴求力ある魅力的な存在として描写するのか、だ。社会的成功を至高とする姿や、個を殺した団結の価値や、泥臭く辛い努力の果てにある僅かな報いを、どれほど魅力的に描き出せるだろうか?
おそらく、それがこの作品の成否を握るのだろう

……とはいえ

時代状況は2009年から変化していて、「けいおん!」の後にきたアイドルアニメブームを見ると、そこには「集団」「チーム」が「社会的成功」を目指す姿が肯定的に描かれ、世間に訴求力を持っている
だからこの挑戦は京アニにとって、決して勝算のないものではないのだろう。京アニなりにポスト・アイドルアニメを模索した、その回答が「響け!ユーフォニアム」なのかも?しれない

*****

そんなことを思いながら、第二話以降を見ていこうと思ってます

【感想】「響け!ユーフォニアム 第1話」

えーと、昨日から放送が始まりました京アニの今期の新作「響け!ユーフォニアム」
すでに御存知の通り、シリーズ演出が我らの山田尚子さんということで、やはり視聴せざるを得ない…!というところで見てみました。この記事はその感想です。くれぐれも、これは山田監督の演出をどうこう解説した記事でもなくて、この記事は純粋に感想です

実のところ、ツイッターで軽く流す程度にしていこうと思っていたんですが、書いてみたら15ツイートにもなってしまって、これを流すのはさすがにウザいなと思い、ブログ記事にすることにしました。ええ…決して熱量があるから記事になったのではないのですw 

いえ、むしろちょっと辛辣かも…というか毒を吐いてます。正直…最初に謝っときます。すいません
以下は、そこのところご了解の上で、ノークレームでよろしくお願いします(笑)

■ はじめに

まず自分は原作を一切読んでませんし知りません。もう始まってしまったアニメでそういうのを見るのは雑音と思うので、今後もなるべく見ないようにしますっていうか、読まないでしょう

で、この企画を聞いた時の第一印象なんですが、正直なところ、今度も原作付きというのが残念でした。自分はCTFKの京アニ自社オリジナル路線を支持していたので、前作の寒鰤にしても本作にしても、原作付き路線に戻ってしまったことへの失望の念が強かったのです(前作は見てもいませんが)

次に、その方向性に対していい印象を持てませんでした。自分は京アニ、山田尚子さんには新しいことに挑戦していって欲しいと思っているので、新作の内容が「音楽」「青春」と聞いた時点で相当にがっくり来ていたのです。えーもうそれはやったからいいじゃんというか。そのテーマをもう一度やるにしても6年ぶりでジャンルに帰ってくるの早すぎじゃないかな?10年後くらいにやるなら見てみたいけど…という感じだったわけです。でも吹奏楽を真面目にやるのかなーと思って、それはひとまず置いときました

でもさらにこの作品でもキャストにキャラの担当楽器の演奏やらせるそうじゃないですか。ここらで「けいおん!の夢よもう一度」臭がプンプン立ち上って、本企画の未練がましさに正直、不快感を覚えていたところに、ニコ動の放送前ラジオ特番のキャストのはしゃぎまくったグチャグチャの進行を見て腹がたったという……ええ

つまり放送前からいろいろと悪印象だったわけですよ!

というわけで、自分はドマイナス感情からこの作品を見ていくことになりました(笑)
これらすべてのマイナスの印象を払拭する作品であってもらいたいなと思いつつ、初回を視聴したわけです

■ 第1話感想:真剣になれない主人公と、やる気のある友人と、志の高い旧友

というわけで、以下が感想ツイートとして投稿するつもりだった15ツイート

【e01感想1/15】原作未読、雑誌等予備知識ゼロで見た。真摯さのない主人公がひとつの決断をするまでの第一話。メイン4人の人物描写に力を割いてたので、そこから読み取れることが多い #anime_eupho

【e01感想2/15】久美子は天然無神経、中途半端で真剣でない人間らしい。上辺や噂を素直に信じたり、思ったことを考えなしに口にして後悔する。目標は低くもなく高くもなく。ユーフォや「ダメ金」は中途半端な彼女の象徴か #anime_eupho

【e01感想3/15】ポニーテールが気合の象徴としても、吹奏楽部のレベルの低い学校への進学、歯の抜けた本棚と、吹奏楽を続ける決意が揺らいでいた様子がうかがえた。麗奈に対する負い目、コンプレックスが原因か #anime_eupho

【e01感想4/15】結局、彼女を吹部に引き止めたのは未練と、初心を思い出させた友人たちの要請。髪を下ろしたのは彼女の「リセット」だろうか。彼女の覚悟、真剣さは今後も問われるだろう #anime_eupho

【e01感想5/15】久美子が真剣になれない人間、真剣でない人間として、その理由はいずれ掘り下げられていくにせよ、問題は潜在的能力。もしかしてまた「秘めた天才主人公」なのか?w 肺活量の描写はあったけど… #anime_eupho

【e01感想6/15】葉月と緑輝は管楽器初心者。葉月は新しいことに積極的で鷹揚、緑輝は音楽に積極的で繊細。多分ふたりとも物事に真剣になれるタイプで、久美子とは対照的。主人公を浮き彫りにし、触発、啓発する人物として配置されているのだろう #anime_eupho

【e01感想7/15】麗奈はいわゆる意識高い系。久美子と因縁があり対立を予感させる。EDの描写からしても物語の軸となる人物のよう。その麗奈がなぜ吹奏楽部のレベルの低い学校に進学したのかが謎としてある #anime_eupho

【e01感想8/15】神社の男は吹奏楽部の顧問かなにかになる人物のようだが、おみくじ話は主人公の出身校が「大吉山」というところからきた小ネタ? 中学の大会の演奏を愛聴しているので、主人公と麗奈とは個人的繋がりができそう…と、いろいろ伏線は張られてる #anime_eupho

【e01感想9/15】展望。個人的に吹奏楽部のような雑多な人間集団がどのようにひとつの目標へとまとまっていくのか、そのリアリティはわからない。その辺がドラマになっていくのだろうことは推察できるけど… #anime_eupho

【e01感想10/15】葉月、久美子、麗奈でも意識のレベルが違う。吹奏楽部の下手な演奏に感動する葉月。下手と指弾するが全国大会を目指すほどではない久美子。全国大会を本気で目指してた麗奈。目線や目標がバラバラ。共有価値が必要だ #anime_eupho

【e01感想11/15】また吹奏楽部の様子を見るに、練習してる人、女子をはべらしてウインドミルやってる男子、練習中に遊んでる女子。そして揃わない演奏。やはり部員の目的意識を揃えていくところからやっていくのかなと予感させる #anime_eupho

【e01感想12/15】成功目標を設定するのなら、それ以外の価値は排除される。そこで一悶着あるのがお約束だけど、部員全員参加か、選抜制か、有志かでも展開が違う。今後は価値観のすり合わせがどう描かれるかに注目してみる #anime_eupho

【e01感想13/15】作画の美麗さ、絵作りの巧さ、そして山田尚子さんの繊細な演出と膨大な情報は期待通りで、劇場版レベルの品質。作画と演出で見せてしまう技量はアニメスタジオの中で頭抜けていると思う #anime_eupho

【e01感想14/15】一方で凡庸な内容を作画と演出力で見せているので、凄いし贅沢な映像だけど、作品としては絶賛しない。第二話を見せる魅力はあった。今後、あまり重いドラマだとしんどいなあと思う #anime_eupho

【e01感想15/15】備考:菜の花/「快活な愛」「競争」「小さな幸せ」「快活」「活発」「元気いっぱい」「豊かさ、財産」

■ 読解上のメモ

●キャラの性格
久美子:思ったことを考えなしに言ってしまう。半端者。真剣さがない。才能はありそう?
葉月:新しいことをしたがり。鷹揚、大雑把。吹奏楽のことは全くわからない。先輩に憧れ?
緑輝:音楽大好き。音楽の力を信じてる。繊細。頑固そう。管楽器初心者
麗奈:志高い。真剣。上手いし志も高いのに吹奏楽が下手な学校に行ったのは何故?

●部活
いまいちやる気が無い。不真面目、ハンパな部員も多い
かといって叱るような部活でもないらしい。演奏が下手
どういう方針の部活か、というところが次回以降わかってくる。話の方向性が決まる
机に伏せてるポニーテールは何か悩みがありそう。今後の伏線か

●久美子の髪型
ポニーテールは「気合いの入った」状態。中学時代と同じ髪型
しかし彼女の気合の入った状態とは全国大会を狙わない程度のもの
真剣な麗奈へのコンプレックス、負い目がある
ユーフォニアムの本も減ってる?=捨てた? やめるかどうか揺れてる
おろした髪(普段の髪型)は姉から初めて管楽器の吹き方を学んだ時の髪型
初心、リセットした状態
→リセットして入部した、ということ

総じて当面は、やる気とか真剣さとか、価値観や認識の共有とかがテーマになる

●座席
あいうえお順で着席。窓際後ろから2つ目

●信号
ボタンを押すのは緑輝、進む。彼女が推進役

●おみくじ
主人公の出身校「大吉山北中学校」がらみ?

●地獄のオルフェ
ギリシア神話だと、振り返れば塩の柱

●ED
アブラナ(菜の花)の花言葉。「快活な愛」「競争」「小さな幸せ」「快活」「活発」「元気いっぱい」「豊かさ、財産」

■ というわけで…

ぶっちゃけ、作画の美麗さと演出の細やかさで見させられた、というところで、内容的にはほとんど進んでいないわけです。逆に言うと、作画と演出以外は特にフックしない、というところが大雑把な感想です

「音楽」「青春」なのはいいとして、だったら「けいおん!」の先を見せてもらいたいなと。これは6年前とは違うんだというところが見たい

それが見られたらいいし、そこに期待して作品を追いかけて行こうと思います

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