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【映画読解】 何者でもない"梓"

59回見ました。2つ目の考察記事は、梓についてです

■ なぜ梓は「梓」「あずにゃん」でしかないのか

改めて、今回は初見者としてみたのですが、こういう見方は今回が初めてではなく、過去にも何度かやっていて、それで気づいたこともあったりしたのですが、これはその中で最も基本的な疑問で、わざわざ今日までひっぱってきた(長すぎw)部分についての簡単な考察です

それは、初見者が見て最初に気になる部分、「キャラクターの名前」です
初見者はキャラ名すら知りませんから、誰が誰なのかをまずマッチングさせようとするわけですが、これを見ていくと、実は興味深い事実に気付きます

梓だけは苗字が出ていない

そう。これです!
正確には、和や純も苗字はわかりません。ですが彼女たちは脇役ですから、梓の苗字が不明であることと同列には語れません。梓はメインキャスト、軽音部の5人のひとり、それどころかクライマックスに歌を贈られる重要なポジションのキャラであるにもかかわらず、苗字が登場しないのです

自分はこのことに随分前から気づいていましたが、ここ4回は念を入れて確認して、やはり苗字は出ていませんでした
そしてそのことについて、ひとつの考察を立てたので今回はそれを書いておきます

■ 紹介されない"中野"

初見者に対して、各キャラクターの名称がどう紹介されていくか、詳しく見ていきます

まず、冒頭のDDごっこ
律「ゆいのくせに!×11」で、平沢唯の名前の「ゆい」がわかります
紬「梓ちゃんはどう思う?」で、中野梓の名前「あずさ」がわかります
唯「音楽性の違いってやつだよ、あずにゃん!」で、中野梓の愛称「あずにゃん」がわかります
唯「澪ちゃんだってパンツ見せてたくせに!」で、秋山澪の名前「みお」がわかります
唯「ごろごろしてるだけでいいからっていったの、りっちゃんじゃんか!」で田井中律の愛称「りっちゃん」がわかります
唯「ムギちゃん…」で、琴吹紬の愛称「むぎ」がわかります
澪「り、律が悪い!」で田井中律の名前「りつ」がわかります

次にOP
ホワイトボードの落書きでも愛称がひと通りわかるのですが、これは表示時間が短く、初見の人が見て理解するのは難しいでしょうからパスするとして

続く冒頭のお茶での会話
紬「琴吹家自慢の紅茶よ」で、紬の苗字が「ことぶき」であることが推察され、フルネームの推測ができます
律たち「さわちゃん!」で、山中さわ子の愛称「さわちゃん」がわかります
律「山中さわ子大先生!」で、山中さわ子のフルネームがわかります

下駄箱のシーン
平沢唯の苗字「ひらさわ」が唯の上履きからわかります。よってフルネームが推測できます
律「秋山さんの手、冷たくて凍っちゃった!」から、秋山澪の苗字「あきやま」がわかり、フルネームが推測できます

卒業旅行について会話するシーン
唯「部長の田井中律さん!どうぞ!」から、田井中律のフルネームがわかります

紬からのメール
律「ムギからだ…」とメールの文面から、琴吹紬の名前「紬」がわかり、フルネームが推測できます


……で、「中野」は?


そう。「中野」という情報は作中どこにも現れません
初見の人にとって、梓はこの映画の最後の最後まで「梓ちゃん」「梓」もしくは「あずにゃん」(あずキャットw)なのです

これに作為がないとは思われない。これをどう読むべきでしょうか

■ 何者でもない「梓」=「天使」

過去の記事で、自分は各メインキャラクターについて位置づけましたが、梓は「ヒロイン」と考えています。メイン4人からプレゼントを贈られる役、キーパーソンだからです。そのようなポジションにある登場人物が苗字を持たない抽象的な存在であること、これは物語的に重要な意味を持っています

つまり山田監督は、初見の観客に対して、梓を「中野梓」という具体的な特定個人として見せたかったのではなく、抽象的なヒロイン、有り体に言えば「(唯たちに対する)後輩という概念」として見せたかったのであり、その関係性を、主人公に感情移入しているであろう初見者の心情に投影させようと意図している、と読めるからです

そしてこの「何者でもない梓という後輩」は、最後の歌において、主人公の唯の中でいろいろに概念されます
最初は「君」。次にメモ書きにある「後輩」。当日の朝に「子猫」。そして最後に「天使」という呼び名を与えられます
そうして考えてみると、山田監督が際立たせたかったのは、我々ファンが知っている「平沢唯たちと中野梓の物語」ではなく「平沢唯という主人公とその後輩の物語」であり、その後輩が主人公たちにとって「天使とも言えるありがたい大切な存在だった」という、まさにそのことに観客の目をフォーカスさせたいのだという意図が見えてきます

■ というわけで…

梓の個人としての定義をあえて薄めているところからして、やはりよく言われるように、この映画は唯たちを主人公にしたオルタナティブな性格を持ったエピソードなのでしょう
そしてやはり、ファンとしては24話と表裏一体の話として見比べてみるべきエピソードだということが改めて確認できたと思います


■ 追記 (3/16)


61回見て、やはり「中野」が作中に登場していないことは確認しました
ですがホワイトボード、愛称すらありませんでしたね。キャラの個性が表現されてるだけでしたw
訂正してお詫びしておきます

テーマ : けいおん!
ジャンル : アニメ・コミック

No title

>プリズナーNo.6さん
コメントありがとうございます
自分もこれは面白い気づきだと思ったので記事にしました
自分も初見の人にどういう印象を持つのか訊いてみたいものです

すみません訂正

NIMOじゃなくてNEMOです。ラテン語で誰でもないという意味です。ノーチラス号の
船長の名前ですね。連投すみません。

No title

この考察は非常におもしろいですね。いちど初見の人に梓の印象を聞いてみたい。
少なくとも映画のなかの梓は初見の人にとってはNIMO(何者でもない)という訳だ。

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