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【映画考察】 最後の学園祭と卒業ライブの「U&I」の相違

現在、78回見ていますが、多分最終的には81回かそこらになるものと思っているところですw
今回は以前から思っていた思索をまとめる意味での記事です
s2e20を見てから78回目を見たのですが、過去の感想にも書いたように、当然にs2e20の学園祭ライブと映画の卒業ライブは対比構造として語られるべきものです。特に演奏後の夕陽の中で泣く5人と、白昼の光の中でただ感慨に耽る5人は、彼女たちの意識の変化、明らかな成長が描かれていると言えます

が、そういう指摘はしておきながら、今まであまりふたつのライブの対比を掘り下げて語ってはこなかったので、そろそろそのへんをつらつらと書き連ねてまとめておこうと思いましたw
特に今回注目するのは、双方のライブでともに重要な楽曲である「U&I」の意味の違い、位置付けです

■ おさらい:s2e20学園祭/他者とのつながりへの感謝を伝達するステージ

過去の幾度かの記事(例えばこれ)に書いたように、s2e20のライブは唯たちが音楽を介して他者とつながり、その他者への感謝の気持ちを伝えたステージだったと言えます
備考ですが、3度の唯たちの学園祭ステージは、このようにまとめられます
 1年生) PVイメージであることから、唯たちの内面的な理想、自己満足を求めた性格が強い
 2年生) けいおん大好き!に総括されたように、唯たちが居場所を得た充足、現状肯定が描かれている
 3年生) 音楽を介して他者とつながり、その感謝の気持ちを発信する姿が描かれている
つまり、学園祭ライブを縦軸でみれば、唯たちの世界が音楽を通じて内面世界から外面世界とのリンクへと広がっている、ということができます

その最後の楽曲が「U&I」でした。自分はこれをHTTの音楽の到達点と考えています

■ 5人の音楽活動の到達点としての「U&I」


s2e20でこの歌を演奏する前に、唯はステージの上から、音楽との出会いを介して自分と関わったいろいろな存在へ感謝を伝えます。「みんなみんな、ありがとう!」と言ってから歌われるこの歌は、紛れもなく「わたし」から「あなた」への感謝の歌です。「U&I」は「わたしとあなた」「わたしとあなたたち」という関係性の賛歌なのであり、その思いこそがs1e01からs2e20に至る「けいおん!」「けいおん!!」という作品が描いてきた、唯(たち)と音楽の出会いがたどり着いた場所といえます

しかしこの楽曲の位置付けは、学園祭ライブと卒業ライブでは大きく変わっています
今回の記事の主題はここです

■ 卒業ライブは3-2のライブであるということ
 
卒業ライブはそもそも帰国後、姫子たちクラスメイトの要望やジャズ研の企画に感化されて思いついたものです。当初、唯たちはこれを、(澪が)音楽室でやることを構想しました。しかしこれに信代がリクエストを出します。作中でははっきり描かれていませんが、このリクエストというのが、3-2の教室でやる卒業ライブというアイディアだったと思われます

この当初の澪たちの思いつきと、信代のアイディアを容れたライブとでは、本質的な意味が大きく変わっています。それは、澪たちの思いつきの段階では、卒業ライブは最後の学園祭同様、あくまでHTTが主体(わたし)として他者(あなた)に対して行うつもりのライブだったのであり、信代のアイディアを容れた教室での卒業ライブは、HTTを含む3-2が、主体(わたし)であり同時に他者(あなたたち)だということです3-2全員が主体であり客体なのです
これは、卒業していく自分たちのために自分たちの手で行われる卒業ライブであり、ゆえにこそ、そのステージの準備から何から、3-2全体で取り組むわけです(正確にはモブ全員ではない、のですが…)

またこうしたライブの性格の違いから、唯たちが、部外者(卒業生ではない)である梓を誘うことに躊躇いがあった、という理解ができます

■ 「君」というクラスメイトに対して捧げられる詩

よって、ここでの「U&I」という曲もまた、そのように解釈されるべきものでしょう

3-2全員が主体であり客体とするこのライブにおいて、「I=わたし」は全員個々のことであり、また同時に「U=YOU=あなた」もそれ以外の全員の「わたし」のことであるということ、3-2の全ての個が他の個、全員に対して歌われている「U&I」であり、この時、この歌の詩はそのように理解されるべきです
だから、ここでの「U&I」はHTTが主体であり観客を客体として感謝の気持ちを伝達した学園祭ライブの時とは、まるで意味の違う歌ということができます

 君が側にいることを当たり前に思ってた
 こんな日々がずっとずっと続くんだと思ってたよ

この歌の詩はまさに、これから卒業して散っていく3-2が、互いが互いのために歌っている詩です。卒業ライブにおいて、HTTという存在は主体にとどまらず、3-2の一部でもあるだからこそ最後に唯はステージを飛び降りて客席に紛れるのでしょう

意味が変わっていても、この歌は成立している。つくづく、「U&I」という歌の懐の大きさを思います

■ 梓だけに捧げられるフレーズ
 
ただ、印象的な場面として、唯が梓にだけ歌うフレーズがあります

 君の胸に届くかな 今は自信ないけれど
 笑わないで どうか聞いて 思いを歌に込めたから

ここに込められた思いはもちろん、構想中の梓への歌のことであり、唯のその時の真情です

ですが上記の文脈から言うとむしろ、このフレーズを捧げることのできる、最も重要な存在だから、ということができます。3-2全員が主体であり客体とするこのライブにおいては、このフレーズを仲間に向けて歌うのはふさわしくない。歌に込めた思いは全員が持っているものだから、相手に伝わるかどうかを疑う詩は当てはまらないのです
このフレーズを捧げることのできる純然たる客体は、2年生の3人しかおらず、その中で最も重要な存在である梓にこそこのフレーズは捧げられるわけです
だからこのシーン、唯はこのフレーズを梓だけに向けて歌うのだ、ということができると思います

ちなみに印象的なことにこのシーン、ずっと腕を組んで仏頂面?で見ている巻上さんが一度瞬きをします

なお、3-2に憂と純を招き入れるのはいちごですが、いちごはs2e25での取材を通じて、憂、純、梓をまとめて「軽音部」と認識しています(s2e22参照)。よっていちごはふたりを軽音部のメンバーとしてこのHTTの卒業ライブの空間に招き入れているわけで、実はここでの憂と純は軽音部の一部ということができます
オカルト研は以前に記事にした通り、このライブを記録するための存在なのでしょう

■ さわちゃんのこと
 
余談ですが、この教室に招き入れられる教師ふたりのこと
これはおさらいになりますが、堀込先生がいう、「お前たちに比べれば可愛いもんだな」の意味は、以前に記事にしたと思うんですが、さわ子たちの卒業ライブが卒業への反抗であり過去への執着だった(さわ子のウィンドミルは過去向きの反時計回りの回転)のに対して、唯たちのこのライブが未来へ向かっていくための儀式としてのライブ(唯のウィンドミルは時計回り)だったから、であり、堀込先生が唯たちの真情を見ぬいたから、というのが自分の解釈です

つまり、さわちゃんはこの時点では唯たちに取り残されている。さわ子はライブの前、唯たちをふわふわの雛だと言いますが、実は唯たちのほうがずっと大人に近くて、自分たちが去っていく事実をちゃんと受け入れてこのライブをやっている。唯たちはこのライブを通じて、さわ子という先輩を越えていくのだと思います。しかし以前に記事にした通り、さわちゃんは寄せ書きという卒業証書をもらって、未熟な時代を終えて、子供たちを見送る側の「大人」、一人前の教師として認定されるのだと思います


今回はとりあえずこんなとこで。ああ。昨日に間に合わなかったwww

テーマ : けいおん!
ジャンル : アニメ・コミック

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