【雑考】山田監督のカメラワーク・映像演出について

氷菓9話を見ました。絵コンテ、演出が山田尚子ということで何度も何度も見返したのですが、けいおんの映像と幾つかの共通点を見つけることができました
というわけで、今回は今まで手を出していなかった、山田尚子監督/けいおんのカメラワークと演出についての簡単な雑考です(過日twitterでつぶやいたことの再編集です)

けいおんの独特の映像作りについては、オフィシャルか専門的なライターがしっかりした考察をして欲しいと常々思っていながら、ほとんどそういうものを見たことがありません。自分は映像の専門家ではないし、そのための教育を受けたわけでもないので、以下はあくまで素人の感じた限りの話と予めお断りしておきます

端的に結論から言うと、フィクスの絵作りについて、山田監督にはかなりの拘りがあるらしいのがわかります。ちなみにフィクス(FIX)とはカメラ固定の状態の映像のことです。そして、フィクスへの傾倒はよく指摘されることでもあります
他にも、よく言われる広角レンズの使用や、カメラの高さを地面や机の上などの地平線に設定するローアングルの多用カーテンショットなど技術的な傾向の話も別にあるのですが、今回はフィクスでの絵作りの癖とその効果について絞って、雑考を書いてみます

自分が山田監督のフィクスの映像について、この記事で特に指摘する特徴は以下の4点です

1)キャラを左右隅に極端に寄せて空間を取る構図
2)平面的な構図をとりつつ会話ややりとりで動きや奥行きを見せる
3)重なるように複数の被写体を枠の中に入れてフォーカスで動きを作る
4)横顔や足を見せるカットについて

これらについて順番に語ってみます

1)キャラを左右隅に極端に寄せて空間を取る構図

キャラを極端に寄せている構図の中でもキャラの顔や視線の方向が空間と逆(枠の方)を向いているシーンはとても印象的です。キャラが歩くなどのトラックショット(カメラが被写体に合わせて動く)でもキャラを極端に左右に寄せて、進行方向と逆の空間を広くとって見せるという構図がよくみられました

よくあるキャラを中心に据えた構図は、誰がなにをやっているのかはひと目でわかりますが、いつどこでやっているかは不明瞭になります。それに対して、この構図はいつどこで誰が何をやっているのか、4Wがひと目ですべてわかるのが特徴です

更に言えば、この構図はキャラのアクションや展開中のドラマより、それを客観する背景が強調されているわけで、今のキャラクターのアクションがどういう環境の中で展開されているのか―教室か部室か廊下か、朝か昼か夕方か夜か、その場の空気感がサブリミナル的に刷り込まれるわけです。
キャラがいる画面の一部分に注意を向けさせつつも、その人物や進行中のドラマと無関係の他界が同時に存在することで、主題に注目させつつ同時に無駄とも思える空間が主題を客観させて、その場の雰囲気を刷り込む。キャラクターとそれを包む環境をまとめて見せる。けいおんの独特な実存感、空気感を支えたのはこの構図だったといえるかも知れません

また、極端でないまでも、監督の絵はあまりキャラをセンターに配置してアクションさせないで、配置を左右どちらかにズラす傾向があります。s2e24での梓が泣き出すような、キャラに注目させるべき大きなシーンですらそういうことをやっています
これには構図的なバランスもあるのでしょうが、センター配置でバーンと注目させることは、美意識の次元で是としないのかもしれません。またそれを避ける事で、視聴者が自ら求めて対象を見るよう訴求しているのだろうと思います。またこの構図は、注目したいキャラクターがカメラのセンターにいないことから、視聴者側に欲求不満が生まれます。おそらく、それによってキャラクターへの愛着を煽る効果も少なからずあるでしょう

またこの傾向は凡庸な構図を切り札にしてもいます
s2e20のライブの後の部室のシーン。唯がみんな!といって抱き合って泣き出す場面では被写体をセンターにおいて真っ向から感情の爆発を描いているわけですが、こういうストレートな見せ方はむしろ珍しく、それだけに強いインパクトを持っているといえます

そうしてみると、彼女の絵作りには意志が込められていると感じます。この場面はこのアングルで彼女たちを映さねばならないという明確な意志です。けいおんが作り手の愛情に溢れた作品だと思わせる理由のひとつは間違いなく、カメラワークにキャラクターに対する作り手の意志が感じられるからです。視聴者はそれを無意識に受け取っているのでしょう

2)平面的な構図をとりつつ会話ややりとりで動きや奥行きを見せる

真横や真上からただ写しただけの平面的な画面を作りつつ、会話で動きをつけるということもしばしばありました。映画けいおん!では、部室でさわちゃんを含めた6人で、これまで何回お茶をしたのかと話しているシーンが典型的です

この場面の会話は、唯→紬→律→澪→梓と画面右手前の唯からジグザグに画面奥へと発言していき、最後に一番奥の梓から手前のさわちゃんに帰ってきます。カメラは一切動いていませんが、会話によって視聴者の視線は順番にキャラクターに誘導されるので、動きと奥行きが生まれています
これは、二次元的な構図を二次元に見せないためのテクニックとして意図的に使っているのだろうことが推察できます

3)重なるように複数の被写体を枠の中に入れてフォーカスで動きを作る

発言者によってフォーカスを変えるのも、意識を誘導することによって二次元的な構図に手前と奥の動きを作っています。このテクニックはピントが二度変わることもあります(つまり話し手が画面内のA→B→Aと戻る)。そのたびに視線が誘導され、二次元の絵に手前と奥を意識させられるわけです
また、この技法は視聴者の意識に寄り添っていて物語にのめり込みやすい。見ている側は、一方が話していると、次にフォーカスが移動してもう一人の人が話すのだろうと察することができ、映像と視聴者の間でキャッチボールができるからです

また話しているのはピントのボケている方で、カメラは話してない方の人物にフォーカスしていることもあります。これも視聴者の意識の誘導のテクニックで、同時に複数のドラマを見せたい時によく使われています。表向きの会話の一方で、別の思索が展開しているわけです。これも物語にのめり込ませる効果があるといえます

2)3)の技法は無論、山田監督のオリジナルではありませんが、彼女が画面にメリハリをつけるために好んでこれらを使っているとは言えます。これらはフィクスの退屈な構図に、キャラクターのアクションに頼らず、どう動きをつけるかという思索、要求からのものでしょう

4)横顔や足を見せるカットについて

ファンなら誰でも印象的に思っているであろう横顔と足のアップショットは、共に感情を表す目的で好んで使われているようです。監督自身、つい横顔を多用する癖があるといっているし、足に感情が現れると思っているとも言っています

横顔については構図的にアップで見せることは少なく、画面の中でどちらかに寄せる傾向があって、1)同様の効果を狙ってもいます。足はむしろ画面のセンターに持ってきてそれをしっかり見せるということをしているので、両者は共に婉曲的な感情表現ですが、構図には違いをつけているようです

映画でのように横顔や足の動き自体を見せることを中心に描かれるシーンもありますが、映像の流れの中に緩急をつけるために挿入する静物や風景のカットやカーテンショットと同じ位置づけで入れている印象も受けます。特に足のカットにその傾向があります。会話で顔Aアップ→顔Bアップ→B足→全体遠景(そのシーンのマスターカメラ)とかの流れです。映像のリズム作りと感情描写の一石二鳥を狙っているのではないでしょうか


簡単に見てきましたが、こうしてフィクスの映像が個性的な一方で、山田監督はあまりパン(カメラを動かして視点を移動)やズームを多用しない印象があります
例えば長台詞で止め絵をゆっくりパンするアニメ映像が多い中で、彼女はこうしたシーンでも、カメラを切り替えつつあくまでフィクスの構図、テクニックで魅せることを追求しています。フィクスで個性を発揮することは彼女の拘りではないでしょうか。そしてそれは見てきたように、二次元的な構図を見せているようで、それが二次元でない仕掛けに腐心しています。二次元を意識的に使いながら二次元から逃げようとしているとも思える。つまり発想が実写的なのです

ですが、映画では幾つかの場面で面白い映像が見られます
ロンドンでティータイムを言い出す俯瞰のシーンや、4日目の鳥から観覧車なめのシーン、ごはんのサビで斜め俯瞰からカメラを動かして舐めるシーンなど幾つかのトラベリングショット(カメラが動きながら被写体を写す)です。これらは二次元でなく三次元の映像技法です
これらはTVシリーズではまず見られなかった映像で、けいおんといえばフィクスで見せるものと無意識に目が慣れていた自分には、あれらのカメラワークには率直に言って衝撃を受けました。特にごはんのサビでのクレーンショットは、あのライブを撮影するクレーンカメラの動きが想像できるほどのものです

山田監督は映画で初めてライブ回を担当したそうですが、あれは動画を潤沢に使える映画だからこそやりたかった動きに違いありません。そしてああいう絵を撮ること=実写こそが山田監督の行きたい方向性なのだろうことは、十分伝わってきました。事実、公開前後のインタビューでもそれをほのめかす発言は随所に見られました。しかし今はアニメで学ぶことがある、とも。彼女の才能が実写に行く前にけいおんを作ってくれて、本当に良かったと思います


というわけでとりあえずはこんなところです
実はまだ指摘すべきことはいくつかあるのですが、それを語るには自分には勉強が必要なのでしません。重ねて自分は映像の知識は素人ですから、これらの指摘が妥当であるのかどうかは読者に判断を委ねるとして、けいおんの映像作りの論考の一助になればと思います

テーマ : けいおん!
ジャンル : アニメ・コミック

No title

コメントありがとうございます

>ストレンジデイズさん
自分もあのライブのクレーンカメラショットには、親心のような愛情を感じました。まるでスターのステージみたいに見せてあげたかったのかなと。ロンドンの風景がパパパと入るところですよね。あれもかっこよかったですw
本当によくもまあ才能を見出したもんですw

>TTさん
自分もにわかですよw 映像技術の知識は殆ど無いので、自分も一夜漬けの勉強で書いたものです。なので用語解説はわかりやすくしましたw
空間構築がとてもうまいですよね。トリミングも特徴的で面白いです。いかに惹きつけるかを考えながら構図を作っているのがわかりますし、なにもないところになにかがあるというか、被写体単体では世界は成り立たないという哲学のようなものを感じます

No title

こんばんは。
ツイッターの方でちらっと拝見したため、こちらで軽くコメントしようと思ったら上にも下にも考察がびっしり;
自分のようなにわかには場違いな雰囲気を感じますが、記事について思ったことを各文にレスする形でちょこちょこっとコメントさせて頂きます。

>主題に注目させつつ同時に無駄とも思える空間が主題を客観させて
ここはもう本当にその通りだと思います。
書道をやっている・いた方ならよくわかると思いますが、書で一番大事なのは字の上手さではなく全体のバランスです。
もっと言えば、黒と白のコントラスト、空白の作り方・使い方が重要となってきます。
こういった側面ではアニメと書道はとてもよく似ていると感じ、またけいおん!はこのキャラに対する空白(空間)のとり方が秀逸であると感じます。
特にそれを感じるのが要所でのキャラ単体が映るシーンで、センターに映っているわけでもないのにこれ以上はないくらい絶妙に調和のとれた構図には驚かされます。

>唯がみんな!といって抱き合って泣き出す場面
なるほど、あの場面で感じた他のシーンとは違う若干の違和感のようなものの正体がわかりました。
といってもあの辺はほとんどぼやけた映像しか見られませんでしたが;

補足で氷菓9話についてですが、女の子の仕草・動きに妙な既視感があると思ったら山田尚子さんの仕業でしたか。
カメラの隅でも(寧ろ中央にいる時より)のびのびと)動いているためわかりやすいですね。
全体的に初見の用語やなるほどと共感できる部分が多く勉強になりました。
またの考察記事を楽しみにしています。

トラベリングショット

いつも楽しく拝読しております。今回の考察も非常に興味深かったです。
映画映像には疎いので、先生やエンドスさんの考察を拝聴してふむふむと感じ入るばかりです。

ご指摘のトラベリングショット、観覧車のシーンは正直ぼくもびっくりしました。
あれはライブへの布石だったんでしょうね。

山田監督はテレビでライブ演出を担当できなかったことが残念、それとライブは当初屋内だったのが、
外への広がりを出したいために屋外に変更したとなにかのインタビューで読んだ記憶があります。

屋内ライブではあのショットは無理でしょうし、あれは「放課後ティータイム」というバンドが大きく羽ばたいたことの表現、親心からくる愛情表現であり、うれしさの現れなのかなと映画を見て思っていました。

先生のおっしゃるとおり、映画は全体的に抑えたストイックな雰囲気な演出に感じましたが、
あの野外ライブだけは楽しくてちょっとはっちゃけてみたっていう具合で。

e2s20では澪のベースプレイを映していた大サビへのつなぎ部分が、
映画ではロンドンの風景のカットバックだったのもPV風でかっこよかったですよね!

ぼくは「けいおん!」以外にアニメをよく知らないので、山田監督の過去の仕事については知りませんでした。
これもインタビューで「自分が音楽好きだというのが社内で知られていたので起用されたと思う」と話していましたが、
もちろんこれだけが理由じゃないですよね。先生と同じ表現になりますが、京アニの慧眼と決断に感謝してもしきれないです。

No title

>los_endos_さん
コメントありがとうございます。いつもお世話になっておりますw
長文レスありがとうございました。興味深く拝読し、納得、同意するところが多々ありました。ちなみに当ブログはけいおん特化ブログなので氷菓の方にフォーカスしなくてオッケーですw

小津安二郎の映像の話は記事中に書いた「勉強しないと書けない」という部分ですw
小津安二郎の映像には「小津ルール」と言われる一定の映像法則があり、おそらく山田監督はそのいくつかに則って撮っているだろうことが想像できます。事実、エンドスさんが指摘された幾つかの特性はそれに当てはまるものです
だから、自分は彼女が手がけたアニメ作品との比較よりもまず、小津ルールからけいおんを見るという作業、記事をそのうちやりたいと思っています。おそらくこれが彼女の映像演出について、起点になるアプローチであろうからです。これはきっと面白いと思うのですが、本当に大変な作業になることが想像できるので、現時点ではあくまで願望なのですがw その前に映画の解析・読解作業を完結させないといけません

山田監督の作品リストは今後の検証作業にとても役に立ちます。どうもありがとうございました。これらもそのうち見て行かないと、このへんの話は本格的にできないと思うんですよね。だから本当は、この専門外のテーマにあまり首を突っ込みたくなかったんですが(笑)、氷菓9話を観てやはりこの文章を書く欲求が生まれたので仕方なく書きましたw

CLANNADでけいおんの監督に抜擢されたのであろうことは前後関係から言って妥当な推測なのですが、その時の車内の山田監督評というのは以前から興味があります。如何に801ちゃんが没ったことによる突然の企画だったとはいえ、なぜ山田尚子だったのか。僅かなキャリアから彼女を監督に抜擢した京アニスタッフの慧眼こそ、讃えられるべきと思っています

お疲れさまです

お疲れ様です。当初、Twitterからリプしようと文章を用意していたのですが、長くなってしまったのでこちらの方にコメントさせて頂きます。纏まりなくつらつらと思うままに書いてしまいましたがご容赦下さい。おまけに「氷菓」第9話というよりは「けいおん!」の映像表現にフォーカスした雑文になってしまいました(笑)。

山田尚子さんは以前のインタビューで「けいおん!」では漫画的な表現はしてもアニメ的な表現はしないと発言されていましたが、「けいおん!」におけるフィックス重視の画面構成はまさにそれを裏付けるものだと思います。アニメ的にデフォルメされた動きは極力排除され、アニメチックな表現はそれを必要とする場面で局限的に使用されるのみです。そういう意味で「けいおん!」の画面作りは、物語の内的な要請に従うというストイックなポリシーに貫かれたものであり、言い換えればそれはアーティスト・エゴを封印した職人的な姿勢と言っても良く、物語にとって最善の絵作りを優先した結果、これしかないという確信の元に「けいおん!」特有の画面構成・アングル・カメラワークが選び取られたのだろうと考えています。

「けいおん!」では極端なロー・ポジションからのアングルという特異な映像表現が多用されています。しかし、これは「氷菓」第9話には殆ど見られない要素でした。ED直前のラストの足元のカットを除けば、あとは本編内の別の2ヶ所でほんの一瞬登場するだけで、いずれも目立つようなものではありません。ということは、ロー・ポジションからのあの特徴的な構図は、山田監督のというより「けいおん!」に顕著な映像言語である可能性が高いと思われます(山田さんが演出した「日常」の5話と17話には幾分それがあったと記憶していますが)。

フィックスかつロー・ポジションと言えば、一番に連想されるのは山田監督自身もインタビュー等で何度も言及している小津安二郎です。私の頭の中にはその印象が強くあるせいか、今回指摘された2)の要素はむしろ盲点になっていて、読み終えてから「そうか」と膝を打つ次第でした。フィックスされた構図の中の複数の登場人物の動きと会話。それを遠巻きにして固定カメラで淡々と写し撮る手法は、標準レンズのフレームにこだわり続けた小津の偏愛した演出スタイルそのものです。

山田監督が「けいおん!」で披露した絵作りの趣向は他にも、

・シンメトリーを崩した不安定な構図(→静的な画面に動的な緊張を与えています)
・俯瞰ショットの多用(→あたかも神の視座のような…)
・顔以外の手足、或いは表情の見えない部位の雄弁な身体演技(→非生物や風景に語らせることも)
・魚眼レンズのような極端な広角による歪んだ画面表現
・被写界深度の浅いフレーム内で対象物に合わせて前後に移動する焦点(ピント)
・遠距離からズームで捉えたような映像処理、およびそれに伴う手持ちカメラを模した画像のゆらぎ

などが挙げられると思います。これらはご指摘の1)~4)と部分的に重なっていますね。ちなみに「氷菓」第9話でもこれらについては若干ではありますが確認できます。ただし最後の”画像のゆらぎ”については、ホータローが中条説を否定する場面で、窓からの侵入が不可能であることを説明する映像に隠し味程度に見られるくらいで、実質的に今回は使われていません(自主映画の手ブレ映像は趣旨が異なるので除外します)。この”画像のゆらぎ”も「けいおん!」特有の映像表現のひとつだと考えています。

勿論、同じ人が手掛けたからと言って、「氷菓」の演出・絵コンテが「けいおん!」と同趣向であるなどとは思っていません。違う作品なのだから違うアプローチを見せて当然です。それに山田さんであれば、物語の内容に最も適した演出手法を選んで、作品に見合った表現のスタイルを採るでしょう。だとすれば、「氷菓」第9話と「けいおん!」との共通点だけでなく、相違点を解析する作業もまた興味深い結果をもたらすのではないでしょうか。或いは「けいおん!」に至るまでに山田さんが手掛けた他作品の演出手法を時系列で検証していく作業も面白そうですね。
なお、山田さんが「けいおん!」以外で絵コンテ・演出を手掛けた作品は、

「CLANNAD」17話(演出のみ)・番外編
「CLANNAD~AFTER STORY~」3話・10話・16話・最終話
「けいおん!」
「涼宮ハルヒの憂鬱(2009年版)」20話
「けいおん!!」
「日常」5話・17話
「映画けいおん!」
「氷菓」9話

で全てなので、比較検証のための試料はまだまだ少ないというのが実情です。余談ですが、この一覧を見れば「CLANNAD」シリーズの演出が評価されたからこそ、「けいおん!」で初監督に大抜擢されたのだということは容易に推測できます。

私は、山田尚子さんは基本的にストイックなビジュアリストであると思っています。決して奇を衒った表現はせず、オーソドックスで抑制の効いた端正な画面作りを心掛けている反面、そこには過密なほど神経の行き届いた凛と張り詰めた空気があります。だから絵の構図そのものにある種の緊張感がある。その志向するところが、いずれは実写表現に向かう可能性を秘めていることは充分に想像できることです。

カメラワークとアングルから解析する「けいおん!」、或いは「山田尚子の映像演出」…。この領域にはまだまだ未解読のコードが埋もれていて、読み解くには時間がかかりそうですね。

今回の考察には、色々と示唆を頂きました。引き続き、自分なりに考えてみたいと思います。
長くなりましたが、以上です。

No title

>ムーングース・マックなんとかさん
コメントありがとうございます。恐縮です
女の子の仕草をこまめに入れるのは、山田監督(氷菓は監督じゃないけど)にはもうそれナチュラルなのかもしれませんねw カット割りの多さは自分も気になりました。特にAパート冒頭のカット割りの細かさは気にして見ていると気持ちが悪くなるくらいで(笑)、カメラが何台あるんだ?と思いました…面倒なので数えませんでしたがw
実のところ、自分は氷菓という作品に対しては可もなく不可もなくという感じなのですが、今回は本当にいい比較対象を見れたので、それが収穫でした。お陰でけいおんに対する観点が広がりましたw

No title

先生の考察にはおよぶべくもありませんがこれまでの氷菓の放送回と比較して自分が特徴的と思ったことを箇条書きしてみます。

丸顔
こまかい動きが多い
女の子のしぐさが多い
カット割りが多い
セクシーポーズがない(1カットのみ)

その他に先生の書かれた正面像の偏った配置も山田監督らしさを感じました。

丸顔についてですが、輪郭が横顔や斜め顔であっても球体に近い形をしていると感じました。
これまでの氷菓ではどちらかといえばやや縦長で、えるでもこの回ほどは丸顔ではなかったように思います。

こまかい動き、というのは、京アニの代名詞ともいえる、セリフのないキャラでもよく動くというやつで、これまでの回でも多くありましたが、この回はとくに多かったように感じました。

女の子のしぐさ、というのは、こぶしを握って胸元まで引く、とか体を揺らす、とか。
まあ、えるが体を揺らす動作というのは、これまでの回でも多くあり。OPにもありましたが、それがあざとくない範囲でおこなわれているように思いました。

カット割りが多いというのは、これまでの回ではここまで感じることはなかったと思いました。
かなりこまかいのではないでしょうか。

セクシーポーズがない、というのは、これまでの回でえるや摩耶花がとることが多かった胸やおしりを強調するポーズ、これが今回は摩耶花のとったワンカットだけだったと思います。


全体を通して感じたのは、これまでの回よりあざとさが少ない、というところでしょうか。
目はこれまでの回よりちょっと大きかったと感じましたが。
先生の考察とは趣きが違いますが、個人的に特徴を感じたのはこのような所でした。

No title

>atomさん
コメントありがとうございます
この作品はキャラクターを記録映像的に撮っているとはよく言われることで、それが求心力を生んでいるのだろうと思います
ですがそこのところは、カメラワークを語って行かないと浮かび上がってこないので、少しづつここらについても考察をくわえていかないといけないのだろうなと思っています

No title

画面を能動的に見るように仕向けてきますね。
けいおんというアニメの求心力の一因と思います

コメントの投稿

Secret

DATE LOG
09 | 2017/10 | 11
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ARCHIVE
ブログ内検索
管理人について

超記憶術先生

Author:超記憶術先生
元業界人(コミック系フリーライター)
Twitter:@SuperMnemonic

問うまい


我の深部にHTTが潜伏したる理由を


我も亦 知らぬなり


こういう管理人w

RSSフィード
"けいおん"特化型ファンブログです
けいおん関連情報&けいおん声優の情報、及び、管理人の感想、考察、イベントレポートをメインに記事を構成しています
山田尚子監督関係の作品記事も取り扱っております
けいおん大好き!!
山田監督大好き!!(笑)
最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
リンク