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【たまこま】最終回超直前考察 たまこについての理解と作品構造

というわけで、最終回最速放送まであと2時間というところで、この記事を書いています
この記事は、一昨日からたまこまーけっとを1話から11話までぶっとおしで見返してみて、改めて作品から得た気付きと感じたことに基いて、たまこまーけっとという作品について再考、再評価してみたものです
主に一昨日、twitterでツイートした内容の加筆再編集の内容ですが、とりあえず最終回前にアップしておこうと思って記述します。時間があまりないので言いたいことを全て言えるかわかりません。頭のなかでまとまっていないこともあるので…
とりあえず書いてみます

■ たまことは何者か

これまで過去の感想で度々記述してきたように、この作品における最大の疑問であり不満点は、たまこという少女が主人公でありながら、他者と関わっても変化や成長といった化学変化を起こさず、超然として、一種非人間的な存在であることでした

通常、主人公というものは、物語のドラマの中心にあり、状況に置かれ、あるいは影響を受け、そこで価値判断を行い、行動し、事態を回転させていく、作品のリーダー的な存在です。ですが、この作品においてたまこがそうした主人公らしいアクションを取ったことは、3話での史織に対するアプローチや、7話でのチョイへのアプローチ、9話でのあんの恋の後押しをした場面くらいしか思い当たりません。なぜ彼女は主人公として期待されることに対してこうも存在感がないのか
また、彼女自身のメンタリティについても、あまり掘り下げられていません。彼女が誰に対しても友好的で、社交的で、餅マニアで…ということは描かれているのですが、それは客観的なアプローチで、しかも人間的な弱さのようなもの、影のような裏側がまるで見えない。そのことがまた、彼女を非人間的な存在に見せてもいました

で、改めてシリーズを見なおして気づいたことは、この作品はたまこに注目してみると、作品を見誤るということでした
極論すると、たまこを無視してみたほうがいい。たまこが主人公であるということをひとまず忘れて、作品全体の流れ、出来事をあるがままに見ると、サブキャラクターたちのコメディとして、その心の機微も含め、すんなりと心に入ってくるのです

それはなぜなのか? なぜたまこは作品理解の足をひっぱるようになっているのか?
その上で、たまことは何者かを改めて考えてみて、自分はひとつの結論を持つようになりました
それは、この作品におけるたまことは、世界観の象徴なのではないか、ということです

過去の感想で自分は、たまこについていろいろな言葉で表現しました。「狂言回しである」「商店街とキャラクターが被っている」「存在感がない」等々…ですが、彼女をこの作品世界の象徴、cut4月号のインタビューでいうところの「概念」の象徴と考えると、これらの表現と見事に合致するのです
つまり、この作品世界のイメージや価値観、観念、理想、テーマ、有り様の姿をそのまま、ひとりのキャラクターとして象徴しているのがたまこなのではないか。商店街の人々があらゆる他者に対して親切であるように、人々が他人を気遣い合っているように、人々がデラやチョイといった来訪者とつながり合おうとするように―たまこはそれらを単身で行う、象徴的存在なのだと考えると、全てのエピソードで彼女がそこでそうあり続けてきた理由が見えてきます
たまこは作品世界の象徴であるからこそ、狂言回しであり、商店街とキャラクターが被っているのであり、存在感が希薄なのであり、方向性を示さないのであり、他者と化学変化を起こさない、泰然として超然とした存在なのです。この作品のテーマが揺らがぬように、たまこは揺らがない
そう考えると、たまこがああして描写されてきた理由の全てに辻褄があうのです


■ 逆・セカイ系としてのたまこまーけっと

さて、たまこ(主人公)が作品世界を象徴する存在である、という仮説に基づいて話をしているわけですが

これは別の言い方をすると、セカイ系と言われた作品群のあり方の「逆」の様相です
セカイ系は、個人、あるいは「私とあなた」の内面の出来事に世界の命運が支配されるというものでしたが、たまこまーけっとは全くその逆で、世界、社会、世の中の有り様が、北白川たまこという少女に集約される。たまこマーケットはおそらく、シリーズが終わってみれば、たまこはそこにそうしてあってよかったのだ、という落ち着くべき場所に落ち着いていた、という感じになるはずで、「たまこマーケットとはどういう作品であるか」と聞かれたら、「たまこという少女のようなもの」といえばよいようになるのではないか。そこに落としこもうと作ってるんじゃないかと思うのです

しかし、そもそもこんな作品を自分は知りません。少なくともアニメでは見たことがない
出来事を動かさず、干渉もあまりせず、ドラマをリードするわけでもない主人公。しかし作品世界全体の概念を象徴し、泰然として、世界の柱としてそこにある…思いつきませんw
その是非はともかく、こういう奇抜な、別次元の作劇をするところに、改めて山田尚子という才能の非凡さ、異能さを感じるのですが、どうでしょう

■ 象徴であるたまこに訪れる変化の波と、第11話のドラマ構成

ということを前提にして改めてシリーズを見返してみると、この作品は、「たまこの世界(世界=たまこなわけですが)」に、波状攻撃のように(笑)、3度にわたって、外部からの来訪者がやってくる構成になっていることがわかります。すなわち、第1話のデラ。第6話(実質7話)のチョイ。そして第11話(実質12話)の王子です
なお、デラが鳥という風来坊な存在であるのも、それが異物、外的要因である暗喩でしょうし、デラが鳥であることは、彼ら来訪者がやがて飛び立っていく(出て行く)存在であることも示唆されていますが、それはここではひとまずおいておきます

デラとチョイは、たまこの世界を対象化し、客観する存在としてあるはずでした。ですが、デラは第1話で早々に懐柔され、チョイは第8話で懐柔され、いずれもたまこの世界に取り込まれます。それを象徴しているのが、太ったデラであり、お揃いの制服を身につけ、さらにかんなとみどりからの贈り物の衣装を身にまとうチョイの姿なのでしょう
しかし、デラはその個性故に狂言回しとして存在し、チョイは本来の使命を忘れず、第10話ラストで、たまこがお妃であることを指摘し、状況に変化をもたらします

そして、第11話では感想に書いたように奇妙な現象が起こりました
それは商店街をはじめとする、たまこを取り巻く全ての人物がチョイの言葉をあたかも確定した真実のように受け止め、たまこをそのように扱う一方で、渦中の中心にいるたまこは商店街のスタンプカードという、これまでの商店街、これまでの日常、これまでの状況を維持することにこそ関心を持ち、お妃様の話には、その意志も自覚も現実感もなく、状況に取り残され、むしろストレスを溜めこむという、不可解で釈然としない展開です

ですが、たまこを世界の象徴として見ると、この展開が必然であったことがわかります。たまこは世界の有り様に支配される存在だから、変化はまず世界に訪れ、世界を象徴するたまこが変化するのが順番なのです
世界を象徴するたまこが、世界の変化に対して抵抗する、反発する。これがまさに11話で描かれた本当のドラマであり、まさしくシリーズ最大の山場だと考えられるわけです
そして変わらぬこれまでの世界を象徴するスタンプカード(これは第1話のたまこ初登場の時からたまこが持っていた象徴的アイテム)は、全て溜まってメダルというあがりの状態になっています。つまりたまこに変化の時期が訪れていることが暗喩されてもいるわけです

で、果たしてどうなるか、というのが最終回の見どころなのでしょう

■ 最終回 「everybody loves somebody」
はたまこに訪れるのか?

こうして見てくると、この作品では、どうも、たまこの変化…もしかしたら、たったひとつの変化を描こうとしているのではないか、という気がしてきています
デラ、チョイのふたりの来訪はたまこの世界に変化をもたらしませんでした。しかし、史織との友誼やあんの初恋、あるいはみどりの部長就任などのささやかな出来事、そして第9話で明かされた、音楽の由来とたまこの父母の恋物語の逸話などの世界での出来事は、たまこに揺さぶりをかけてきているはずなのです
そして最終回での王子の来訪が、その直接的なアクションとして位置づけられるのでしょう

そうしてシリーズを振り返ってみると、第2話ではみどりのたまこに対する言語化しにくい親愛の感情が、第4話ではあんの初恋が、第5話ではたまこを巡るもち蔵とみどりのそれぞれの好意が、第7話ではチョイの王子に対する片思い、清水屋の失恋と、さおりの縁談、第9話では豆大とお母さんの恋愛とあんの恋が…それぞれの恋愛感情が度々描かれています
それらを踏まえ、この世界を象徴するたまこにもし、一つの変化が訪れるとするならば、それはおそらく作品のキーワードとして登場している「everybody loves somebody (みんな誰かを好きになる)」であるのが一番自然で、たまこが誰かを好きになる、という終わり方になるのではないか、という気がしています

ところで、改めてシリーズを見返してみて、あの糸電話でのもち蔵との会話は、たまこにとってラブラブタイム?なのかも?と思いましたw 彼女自身にはっきりとした恋愛の自覚はないでしょうが、第9話であんこのことをもち蔵に相談したりと、たまこは無意識にもち蔵に甘えているわけです。第11話でも、もち蔵にあんな言い方をされた糸電話の後でジタンダ踏んでいたりしたので…あのもち蔵との糸電話は、あれはあれでたまこにとってはちょっと幸せな時間としてあるのかも、しれませんw

■ というわけで…

これが最終回直前時点での、大雑把な作品に対する再評価と、再解析です
だいたいの骨子となる部分だけは記述出来ました。放送まであと55分ですが、こんなところでひとまずw


 
■ 参考:関連ツイート

https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316214564737933312
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316215140913664000
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316215399559618560
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316218004683763712
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316218178864828416
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316219264895954944
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316221818652471296
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316223855674929152
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316228941436317696
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316230193037598720
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316234298892107776
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316235233194291200
https://twitter.com/SuperMnemonic/status/316235631716093952


テーマ : たまこまーけっと
ジャンル : アニメ・コミック

No title

コメントありがとうございます

>たぼさん
11話まで見返していて、やっと気づいたことを慌ててまとめたものでした
地域社会、共同体とキャラクターの関係性を描き出した作品と考えると、理解しやすいですね

>ふぁにぃさん
自分はキャラクターアニメと言う視点に引っ張られすぎて見ていた感じです。もうちょっと客観的に見るべきだったと思います。最終回でテーマがよくわかりました

No title

最終回開始ギリギリ前に読ませて頂きました。
その為整理が出来た状態で視聴出来ました。有難うございます。

たまこが世界観の象徴というか商店街の象徴というのは、ぼんやりと
思い浮かべてはいたものの自分の中では論理的に確立したものではなかったです。
それとたまこに注目というか、必要以上にたまこを追い求めてましたw
初期話数では数回見返しても、たまこばかり観てかんなが視界に入らないという、
今では考えられない有様w
ただ1話視聴前から本作に多幸感と癒しを期待していて、明るく母性的なたまこ
にそれらを多く感じていた事、それがある程度の満足(もの足りなさも感じてましたが)
を得ていたのは作品世界の肯定に大きく作用しました

この世界を肯定する事は心地の良さの享受に繋がり、この世界に変化が訪れるなど
微塵も考えなかったというか、このままである事が当然という認識でしたので…
いやあ理解が足りなかったですねw
まだ心地良さを感じていたいので最終話を今一度見直したいと思います

凄い…

先生こんにちは。

よく一日でまとめましたねー。
読ませてもらいました。
うーむ、なるほど!ってのが率直な感想です。
商店街そのものがたまこの親としてたまこを見守っているように俺は感じました。
だからたまこの行動はほぼ筒抜けでそのくせたまこに対して誰も突っ込めない。そのジレンマをぶち破ったんがデラなんだなーと。

ラブラブタイムじゃね?ってのはまったく同感!先生に心読まれたーとか妄想してましたw

分かりやすい考察ありがとうございました。

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