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【WOWOW】 20150429「たまこラブストーリー」感想ツイートまとめ

以下は、昨日WOWOWで初めて放送された「たまこラブストーリー」の感想ツイートの主要部分の抜粋をまとめたものです
現時点での自分の読解上の重要な部分に絞ってツイートしました。要するに本作は母と娘の物語である、ということが指摘できる、ということです

この作品については、たまこともち蔵、たまことみどり、みどりともち蔵、かんなとみどりといった主要キャラクターの関係性について切る意見は多く見られましたが、個人的にはあまり登場していないひなこが本作について全体的に干渉し、存在感を持っているということ、また、ひなこは本作において、また北白川たまこという人間について語る上で非常に重要な人物で、たまこの恋愛によって、それまでのひなことたまこの関係性が変化していく物語である、という指摘がされるべきと思います。

以下抜粋

たまラブについては、簡単に私的な作品読解などやりながらつらつらツイートします #tamakolovestory #WOWOW

【前説1】本作は「たまこともち蔵の恋愛譚」で、2人の関係性の変化を描くものなんですが、自分はこの作品を読み解く補助線として「たまことひなこの関係性の変化」を指摘します #tamakolovestory #WOWOW

【前説2】死者であり母親であるひなこの存在はこの物語の全般に影を落としていて、本作には「死」がちらついています

【前説3】ドストエフスキー曰く「娘の恋は母にとっての娘の死である」飛び石のシーンでのたまこの水没はそれまでの彼女の死と新生と見立てることが出来ます。たまこが裸眼になるのもその後二輪刺しが行われるのも同じです #tamakolovestory #WOWOW

【前説4】恋愛はたまこに「亡母の代役」ではなく「大人の彼女自身」になることを要求し、彼女が亡母の後押しを得て、母と対等なひとりの女性として成長する姿を本作は描きます。つまり「男女の恋愛譚」であり「母娘の死と新生の物語」でもあります #tamakolovestory #WOWOW

メタファー抜粋。「川」時。「水」死/冥府。「引力/磁力」「りんご」「風船」思い。「宇宙」未知の世界=未来=大人=恋愛。「おもち石/お餅」ひなこ。「ずぶ濡れ」「裸眼」生誕=すでる。「二輪差し」死者ふたり=ひなことそれまでのたまこ  #tamakolovestory #WOWOW

「MARS」火星=♂=大人の男性。「明けの明星」=金星=♀=大人の女性。「糸電話」「飛び石/橋」「階」「風」「テープ」「新幹線/鉄道」これらは今いる場所から別の場所に人や思いを橋渡しするもの  #tamakolovestory #WOWOW

【告白のシーン】

もちはひなこのメタファー。ふたりはひなこのことを口にしていないが、共に同じく彼女を連想している。もち=ひなこの死こそ、ふたりの障害。それを象徴する石が水中に姿を消して、告白する #tamakolovestory #WOWOW

たまこもここで一度擬死する。ずぶ濡れでコンタクトレンズを失い裸眼になり、もちについても新たな刷り込みが行われる。母親の代役になる呪縛に囚われていた彼女が生まれ変わるということ #tamakolovestory #WOWOW

それまで、もち=ひなこであったものが、もち=もち蔵に刷り込みが変わっている #tamakolovestory #WOWOW

もち蔵との関係性の変化であると同時に、母親との関係性の変化でもある、ということが指摘されるべき #tamakolovestory #WOWOW

【コンタクトレンズを付け直す朝→体育館のシーン】

水に落ちてからたまこは生き直しているといえるので、コンタクトレンズを付け直したのは(成長が)追いついたということ。この日に休ませてもらえるというのは、彼女がそれまでの母親の代役から名実共に解放されたということ #tamakolovestory #WOWOW

で、ようやく彼女にとって、もち蔵の気持ちを受け止められるかが命題になる #tamakolovestory #WOWOW

【母のカセットテープの歌を聞くシーン】

ここでのひなこは母親ではなく、恋をする同世代の少女で、ここでたまことひなこの関係性は母と娘から、女性同士になる #tamakolovestory #WOWOW


つまりこの作品は娘の恋愛とそれによる自立によって母と娘の関係性が女性同士に変わるという古典的なテーマをちゃんと描いている #tamakolovestory #WOWOW

糸電話はふたりの間に架かる橋。本作は橋を架ける話といえる。監督談の通り、ラブストーリーはここからはじまるw #tamakolovestory #WOWOW

たまラブに関しては、ひなこが全体の物語に影を落としていて、話を動かしているという指摘がもっとあるべき。もち蔵の告白、福の入院、カセットテープと、要点は全部彼女が暗躍?している。くどいようだがこれは母と娘の物語でもある  #tamakolovestory #WOWOW

以上

■ 補足説明という読解解説本文 (0430) ■

以下は私見とお断りしつつ

この作品を論じる上で、ひなこの存在がクローズアップされていない現状は、個人的には大変不満があります
それは、たまこともち蔵の恋愛を語る上で、実はひなこの存在―正確には、彼女の死―は長らく横たわっていた障害だったと指摘できるからであり、この障害が取り除かれるところからふたりの物語は始まっているからです。そしてそうである以上は、ひなこの死、ひなこの存在がどうにか処理されなければ、この物語はハッピーエンドとならないわけです

ひなこが死んでから、たまこは自分の家族におけるポジションを母親の代役と設定していて、彼女自身、母親のようになることを理想としています。前者はムックなどで監督が指摘したことで、後者はまさに飛び石のシーンでたまこがもち蔵に語るところです。TVシリーズで彼女がある意味非人間的なまでに超然とし、家庭の中で要としてあり、女子高生らしい初々しさを見せなかったのは、つまりひなこの死を経た結果といえます
そして、たまこが母親の代役であろうとするがゆえに、もち蔵もたまこに近づけなかった。もち蔵のシャイネスだけが告白できなかった理由ではなく、たまこが母の死によってどうあろうとしているかを知っているからこそ、彼は告白できなかった。それはまさにあの飛び石の場面でもち蔵がひなこを回想し、その後一度告白を断念するのは、つまりそういうことでしょう。彼は亡母の影を追い続けるたまこに告白することの重さを知っていたのだと思います

過去の記事でも指摘した通り、橋は民俗学的に「ふたつの世界の境界/淡い」という特殊な空間であり、作劇上も出会いや別れ、生と死、次のステージや、異世界とこちらの世界の境界など、いくつかの象徴的な意味を与えられる舞台装置です
あの飛び石=橋もそうであり、ふたりは死者であるひなこを回想しますが、それは概念的にふたりはひなこと邂逅しているといっていいわけです。たまこはもちにひなこを投影していますから、ひなこはたまこが手にするもち石に降霊しているといえるのですが、その石がひょんな事で水の中に消える。これはひなこがふたりの前から姿を消した、といえるわけです。だからそこでもち蔵は告白できた。見方を変えれば、ここでひなこはここでもち蔵の告白に助力したといえます

続いて、たまこがひなこ=もち石が落ちた水の中に水没します。これは彼女もひなこと同じ死の世界にいったメタファーとなります(ちなみに彼女はかなづちで、水の中で目を開けることもできないはずです。単にびっくりしている、というのは表層的な意味で、彼女は"死んだ"わけです)。その後、水から上がった彼女が「それまでの口調を忘れる」のも、「ずぶ濡れ」で実家に現れるのも(生まれたての赤ん坊は羊水でずぶ濡れ)、裸眼になっているのも、たまこが「誕生しなおした」「生まれ変わった」メタファーと読み取れます。また、その翌日、月が隠れて雨が降るシーン。画面左手前に「万両」がアップで登場し、メガネ姿のたまこが縁側に佇んでいます。この万両という植物は、お正月に縁起物として備えられることで知られていますが、さてたまこの誕生日は何月何日だったでしょう? そう、12月31日でしたよね(笑) 万両がたまこの手前にあるのは、たまこが生まれ直した翌日のこと、という意味になるのです。たまこが足がもつれて転ぶのも、まだ生まれたてだからです。またこの後のシーンでさり気なく母に捧げている一輪挿しが二輪挿しになっていることにも気づきます。もう一輪は、それまでの彼女、水に落ちて"死んだ"北白川たまこに捧げられたもの、と読めます。どうでしょう?たまこはあの時一度死んだのだ、という暗喩は、軽く列挙するだけでも実に6つも出てくるのです。これらは、たまこがもち蔵の気持ちと向き合うには、彼女が母親の喪失の打撃から解き放たれ、転生する必要があったからこその演出なのだと思います。彼女はコンタクトレンズをつけない間、メガネをつけていますが、そのメガネ姿は彼女の少女時代と同じであるという指摘も出来ます。

だから、水に落ちた後のたまこは、急速に「母親を失って以後の人生を生き直している」といえます。だからこの間、彼女は昔の母親とのこと、もち蔵とのことをいろいろ回想し、周辺との関係性を見つめなおしていくわけです

彼女の転生が現実の17歳の彼女においつくのがコンタクトレンズを再びつける日で、この日、たまこは豆大からひなこが死んでから初めて、休んでいいと言い渡されます。これはたまこが今までのたまこ=母親が死んで以来、母親の代役を努めようとひたむきだった彼女から解放された象徴でもあります。彼女は17歳相応の普通の少女になったのです

ですから物語の順当として、ここで改めてきちんと、もち蔵の告白に向き合うことになります。それが体育館のシーンです。そしてようやくここから、たまこはもち蔵を異性としてちゃんと意識し始めますし、今まで気付かなかった、商店街の人たちの側面―夫婦などの関係に気づいて、認識を広げ、成長していきます。ですが一方で、もち蔵はあの飛び石で、告白した石の先にいってしまう。彼は彼の中の気持ちに区切りをつけて、自分の将来に向かおうとしてしまう。つまりピンチです

そこで福の入院事件が起こります。この事件の原因はなにかというと、これも「もち」です。穿った見方をすれば―というかおそらくこれはそうなんだと思うのですが、これももち=ひなこの助力だったと思うのです。この事件を通じて、たまこは無意識にもち蔵を頼り、もち蔵はたまこを放っておけず、たまこはもち蔵を頼もしいと思います。ふたりの関係が少し進展するわけです。しかし、あの病院の会話のシーンで、たまこは自分ともち蔵の関係が危機にあることを認識します

で、友人たちの助力を得て、たまこははっきり自分のもち蔵への恋愛感情を自覚します。しかしうまく告白できない。そこで最後にたまこの背中を押すのが、たまこと同世代だった頃にひなこが遺した肉声、ひなこ自身の恋愛への姿勢、態度だったわけです。これこそひなこの最後の助力です。それは同世代の恋する乙女同士として贈られたエールであり、ここでひなことたまこの関係は、母と娘ではなく、同じ「恋する女子同士」という独立した対等の関係として再構築をみるわけです(ちなみにたまこの友人たちは誰も「恋する女子」ではない(笑) 告白への返事はひなこだけができたエールというのがポイント)
そしてこの親離れ、子離れこそまさに、たまこにもち蔵の気持ちに応える勇気と確信を与え、告白を決意させる、という構成になっています

つまりこの作品は、たまこともち蔵の関係の変化を描いただけではなく、たまこの新生とひなこの関係の変化をその裏面として描いているわけです。ストーリー上の重要なポイントである、「もち蔵の告白」「福の入院」「たまこの決心」そのいずれにもひなこの存在が間接的にあり、相補的に作用していくことで物語が進展しているといえます
本作を単に、たまこともち蔵の話、たまこと友人たちともち蔵の話、たまこと友人たちと商店街ともち蔵の話、と理解するだけでは不十分であり、さらに死んでしまった者が関与していて、それによって世界が完成しているわけです。

「母と娘」というテーマは大変古典的で、また現在の問題でもあります。母と娘は、娘の成長に従って親子ではなく女同士に変化する、ということは多く指摘されてきました。本作でもそういう視点が踏襲されて作品が作られているといえるでしょう
 
しかしそれ以上に、ひなこの存在を重視したのは、山田監督がTVシリーズのたまこという人物を掘り下げた必然であり、それが彼女の人物像を理解する上での本質と位置づけたからだろうと思います
よってこの指摘は本作を理解する上での本質的指摘であろうと自負しています
 
(20150430 初稿)
(20150503 追補)

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