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【聲の形】 9/17公開初日(舞台挨拶夜回)時点での感想 【感想02】

 と、いうわけで「聲の形」公開初日でした!
おめでとうございます!
 
さて
 
今回は、どの辺を気にしてみるべきか、というところをおさらいするつもりで、自分で16日くらい前に書いた感想を読み返してから観劇したんですがホントひどいこといってますね!w
いやまあ…でも、感想は素直に書いたものを間違いがあろうが誤解があろうが、ありのまま積み重ねていく主義なので、あくまで初回直後時点での感想ということでご容赦ください

あと前回の感想で書いてませんでしたが、これは感想なので当然ネタバレを含んでます(今更w
ていうか、ネタバレに配慮していたから試写会直後にアップしなかったわけで、ネタバレ無しの感想なら9/1にとっととアップしてます。そのへんは、わざわざブログに来ていただいているので言外に察してもらえてるとは思うんですが。一応今回はちゃんとお断りしておきます。
 
でまあ、昨日、2回目を見たのですが、おおまかなラインで感じたところはあまり変わっていません。刺さる人にはきっとすごく刺さると思うんです。でも、基本的には自分の心に刺さってくる類ではなかった。というか、ぶっ壊れた自分のソシオパシーな、共感力のなさが浮き彫りになる作品だなと(笑) 色んな意味でこっちが落ち込まされるなと
 
でもまあ、感じられない人がそういう風になるってことはいい作品なんです。それは間違いないです

で、今回は、自分もちょっと視線が優しくなったところはあるし、もっと歩み寄って理解しようと思って見てみました

まず小学生時代のシーケンス。前回はそこが駆け足、ダイジェスト気味に感じたので、演出面で見落とした部分が多すぎたかな?と思ってそこを気にしました。とくに主人公がいじめ?に走るまでの動機の演出、機微
次にヒロインのメンタリティ、人格。いじめられてあの反応は、自分には不可解だったので、ちょっと彼女への理解にも気を配ってみました
後は全体的に仕掛けとか文脈とか見てみました。まあ1度や2度じゃあね…
 
総じて感じたのは、やはり情報量はおそらく半端ない。おそらくというのはやはり自分に刺さってくる作品ではないから感度が鈍いため。ただ「映画けいおん!」の時に感じたような、「あーこりゃなんかよくわかんねーけど、分厚い肉を噛んでしまったぞ」みたいな感じはあったので(笑)、言い換えると1度や2度では理解しきれない作品だなという直感はあったので、何度も見るべき作品なのではないかと思います

自分はこの作品のこと、好きか嫌いかでいったら、多分好きなんだと思います。「大好き!」ではなく、興味と好奇心と探究心を刺激されるという次元での「好き」ですが
 
以上を踏まえ、今回の感想は気づいたことについて雑記していきます
 
■ 主人公ふたりについて
 
最初から、主人公のふたりは自分が嫌いな人間なんだと思って見ると、いろいろ演出や展開についてストンと分かる部分があって、なるほどーと思いましたが、やっぱり自分は自分が嫌いな人間、周りの声で自分自身を否定してしまう人間というのが根本的にわからない人種なので、所々でやはり主人公に感情移入がしにくかった。結果、ちょっとやっぱり「大感激大感動すげー!」という感想は持てそうにない、というのが正直なところです。残念ですが…
 
自分を好きになるって、誰かに自分を肯定してもらわなきゃ無理で、無条件で肯定してもらう経験が必要だと思うんです。一番身近なのは親に愛されることですが。そういう経験が欠如すると自分に対して懐疑的になっていくと思うんです。主人公2人はおそらく周りに愛されているのだけど自分がまわりに愛されていることに気づいてないか無頓着でいる。そういえば、植野と再会して別れた直後の主人公とヒロインの会話の手前の右側に「たまこラブストーリー」でも出てきたピンポンマムが映りますが、花言葉が「君を愛す」なんですね。あれは2人の女の子の気持ちとも思えますが、同時にあのふたりは自分が愛されているということについて鈍感なのかなと。でもそれって若い頃には良くありがちなことでもあって…自分の場合は自分が愛されていて当然くらいの感じで育ってきた末っ子だったので逆の意味で鈍感でした。その辺がやっぱり原作者となのか、山田監督となのかわかりませんが、感覚が違うのかなあと…

話がそれた。話を戻すと、そういう部分で最後の方で橋の上で、将也と硝子が生きていくために互いを必要とすることを確認するという展開はわかるんですが、自分はそれってちょっと悲しい、情けないことじゃないかなと思ってしまう。いやでもそれは大切なことなのか。大切なことではあるのだよな。うん。ごめんオレが悪かったw
 
■ 将也について
 
とにかく、将也と自分はすごく似てる部分と全く相容れない、とても理解できない部分があって、ある問題について同じ反応をするとしても、心の中で思っていることが全く180度違う、というのを薄々感じました…というか感じてたんですが、それが一層強くなりました(笑) 例えば「バツ印」にしてもですね、将也は自己否定の延長としてやっている。自分はそれを能動的にやるし肯定してる。そういうところが見ていてもどかしいというか、なんか…やっぱり、そんなふうに感じなくてもよくね?って思ってしまう。もうホントダメだ自分w
 
ただまあ、自分は彼のこと嫌いではないですね。彼が悪意をもっていじめ?ていたわけではない、というのはわかったし。ただ前回もいったように、それがああいうアプローチになる感覚は自分にはないので、そこはわからないけども
 
ああ、あと前回触れた「父性の欠如」についてですが、外国人の叔父の登場、結弦に勉強を頼まれる流れ、と父性がちらりと垣間見えるのは連続している場面だったので、もしかしたらあれは(去勢されていた)将也の父性の目覚めというか、男性性への覚醒を暗喩するような狙いがあったのかな?ともチラっと思いました
 
■ 硝子について
 
この子も、なにかと謝るのは処世術というよりは自分が嫌いで自分を肯定できないから、という文脈で読んだほうが素直に入ってくるのはわかったんですが…この子、友だちを作ろうとしているようで、本当は人嫌いなんじゃないですか。そもそも自殺をはかるというのは、自分が嫌いと同じがそれ以上に他人に関心がないわけなんで
でも彼女なりに強い部分ももっていて、それは死ぬことを考える弱さとどう共存しているのかなというところが。やっぱり自分には「よく分からない人」です…まだ
 
■ 植野について
 
作品に父性が欠落していると指摘しましたが、花火のシーンで確認したところ、彼女には父母ともに完全な家庭環境があり、弟までいる。なるほど彼女があれほどの人間的剛性をもっているわけだと得心しました。あと、小学校時代のシャツがハイビスカス(赤)。花言葉は「繊細な美」「新しい恋」「勇敢」。あと椰子の木も。椰子は「勝利」「固い決意」。やはり男性性のイメージが重なってきます。全体的に南国のイメージを重ねているのは監督のイメージなんでしょうか?
彼女は大変人間臭くて、人として好きにはなれませんが理解はしやすかったです。女社会怖いです(笑)
 
■ 他のサブキャラについて
 
まあこれはどうでもいいんですが、教師は前も書いたようにやっぱりただのクズですねw 聴覚障害者を健常者と対等に扱おうとするというのは実際に行われているので、その現場を知らないからあれが正しいやり方なのかどうかはわかりませんが、クラスにいじめられっ子を作ってしまったのは完全にダメでしょう。ゲスいですわw
 
あと、川井ですか。初見でもこいつおかしくね?と思ったけど、やっぱりあいつサイコパスみたいにおかしいわw 実際、女社会にはああいうのいるんだろうけど、ああいうのしれっと見せられるとかないませんね。どうでもいいけど、サイコパスの方がソシオパスより上位に立つんだってクリミナル・マインドで言ってたw
 
■ 水と死について
 
「死」が直接的に感じられるシーン、文脈を思い出せる範囲で簡単に羅列しておきます。また「水」との関連についても
 
・将也が自殺を考えている/川への入水自殺
・硝子の祖母が死んだ後の結絃/川岸、滝の脇にいる(ちなみに橋の下流側)
・硝子の祖母の葬式/葬儀場に水を溜めた噴水もしくは小さな人工池がある
・硝子の自殺未遂 
(ちなみにこれは花火の夜だが、しばしば花火は慰霊の主旨でも使われる)
・硝子を助けた将也がマンションから落下/落下時のイメージが水中に落ちた描写
 
というわけで、おそらく間違いなく「水」は「死」と関連付けられているのですが、そもそもそれはなぜなのかというのもあるし、小学生時代のいじめで、ノートを捨てるのも溜池?だったり、将也が硝子にホースで水をぶっかけてたりとか、そういうことにも使われているので…また子供の頃は川に飛び込んだりもしているので。単純に水=死でもない、とも思います
また水は、単純に「音」の存在感をアピールするための装置なのかなとも思います
 
■ 音について
 
前回はなおざりにしていたので…というか…「聴覚障害が扱われるんだから、音については当然このくらいやはってくるでしょ!」という上から目線な期待値通りだったので(ホントひどいな自分!w)、特に感銘がなかったのですが、今回は気を配って観劇しました

無音状態のシーンが2度?あったと思うんですが、それ以外は常に少なくとも環境音があって、いつでも音がどこかしらか響いていて、それも反響音のような、わわわーんと響いてくる音が多くて印象的でした。やっぱり音で感情に訴えようとしていたんだろうと思います
多分これって、BD出てからヘッドホンつけて感激するといろいろ気づくことがあるんじゃないかな、とか、それこそ爆音上映会とかで見たら面白いんじゃないかな
 
■ 橋について
 
重要な舞台装置であるのは指摘するまでもありません。あからさまに大量に出てきます。一緒に渡れなかったり、橋の上で会ったり、一方だけが橋を渡ったり…概ねその場面の心理や状況どおりに演出されてます。電車で硝子から将也に初めてメールが来るシーンでも、窓ガラスの景色で橋が流れていて、つまりふたりを乗せた電車が橋を渡っています。これなかなか気づかないと思うw
 
あと、主人公が橋の上から川を見ているシーンをチェックしていましたが、ほとんどのシーンで将也も硝子も下流を見ている。つまり水流を時の流れに擬えるなら時の下流=過去を見ている。後ろ向きだなーと。川に飛び込むシーンも下流側ですね
ただ、一箇所、将也が上流を見ているシーンがあります。どこだったか。夕日に照らされてるシーンで悩んでるシーンだったと思いますが、あれは今後のことに前向きになってるからなのかな?と思いました
しばらくこれもチェックしていこうと思います
 
■ 花について
 
もう多すぎで無理だっつーの!w
と言ってしまいたいですが、言ってますが(笑)、気づいた範囲で少しづつメモにしていこうと思います

・シロツメグサ/「幸福」「約束」「復讐」
 →SNSの件で自宅謹慎中の将也が握ってる。公園のカット手前にも。結弦からの復讐を受けているから
  同時に自宅謹慎の約束を破り、硝子や姪との交流でささやかな幸福、ということになるでしょうか
・ハイビスカス/「繊細な美」「新しい恋」「勇敢」
・椰子/「勝利」「固い決意」
 →上記の通り、小学生時代の植野のシャツ。個性ですかね?
  病院で植野を待ち伏せしている硝子のシーケンスにも確か椰子の木がワンカット入りますが、これは硝子の「固い決意」でしょう
・ヒマワリ/「私はあなただけを見つめる」「愛慕」「崇拝」「偽りの富」
 →どこだったっけ。落ちたシーンだったっけ?ワンカットありましたよね
・コスモス/「調和」「平和」「謙虚」「愛や人生の喜び」「純潔」(ピンク)
 →これは予告編でも目立つw 「愛や人生の喜び」あたりが真意なんでしょうかね。見返さないとわからない
・ピンポンマム/「君を愛す」
 →上記の通り。ただこのシーン、ピンポンマムの後ろに別の花がある。それと意味を合わせるべきだと思う
・スイートピー/「門出」「別れ」「ほのかな幸せ」「優しい思い出」
 →これもどっかで出てきてたと思う。見返さないとわからんw

というか、見ただけではなんの植物かわからない、というのもあって、たしか結弦がらみで野菊が出てくるカットもあったと思うんですが、野菊の花言葉は単純に「清爽」で、詳細な品名がわからないとこれが正しいかわからない…というw
まあほんとこれはおいおいですね。おいおい
ていうかこういうのって後日、あっさりファンブックとかで一覧表になっちゃったりとかしてたりするから悲しいw
 
■ その他
 
前回、これは山田尚子監督のエヴァなんじゃないの?と言いましたが、自分は旧作のエヴァで、シンジが結局、理解できない他人のいる世界を選び、その後に現れたアスカに「気持ち悪い」と言われるあのオチを、今では理解して肯定しているんです
本作にはそれがない。すくなくともないように見える
そのことが自分の中でやはり相容れない部分なのかな、という感じは今もあります
ただ本作ではそこのところを、他人と理解していく努力を前向きに描くことで超克しているのかな、とも思う。自分はそこに、前も言ったように、山田監督が人間を愛していて、世界を愛している。そういう信念に裏打ちされている作品だと感じるわけです。人間や世界を諦めていない。そして同時に自分がそうではないということを突きつけられる。やはりそこがこの作品について、自分がどうしてもなんか釈然としないというか…変に拘泥しているところなのかと思いました
 
あと、公開したのでいいますが、自分は正直この作品は、賛否、評価が分かれる作品だと思っています
単純なエンタメとしてすげー!感動!っていうのとちょっと違って、多くの人にとって考えさせられる、観客に問いかけてくる作品だと思ったので…ある意味ですごすぎて敬遠されてしまうかもしれない、どちらかと言えば文学的な、あるいは情緒的な。そういう類の作品だと思うんですよ
一般論として、そういうものが果たしてスマッシュヒットになるかどうか、難しいかなあというのが初見での率直な感想でした。それだけに試写会で見てからのこの2週間あまり、社運をかけているかのような松竹のものすごい力の入れようが正直自分は怖くて仕方がなかった。え?これで期待通りの興行成績じゃなかったらどうなっちゃうの?みたいな
 
今もどうなるかさっぱりわかりません
世間的にすごいのかすごくないのか。原作ファンにとってはどうだったのか。自分には本当にわかりません
正直、究極的には、巷の評価がどうあろうと、自分個人と作品との評価があれば別にいいんじゃね?とは思うんですが、それでも作り手が今後も良い活動をしていくには興行成績は無視できないわけで…山田監督にマイナスの形にならないか、それがちょっと気がかりですし、そうならなければいいなと。これが取り越し苦労だといいなと思います
本当にいい作品だとは思うので、成功することを祈っています
 
あと、自分まだパンフレット読んでないw
でもこういうのは文字情報やインタビューの情報を入れると、作品以外の情報によって少しづつ色が付いていって、自分の感じ方や意識もそちらに誘導されてしまうので、なるべくそういうのは見ないで何度か映画自体とのみ、接していこうと思います。そもそも自分、作品のみで語りたいことが語り尽くされてない作品は凡作というのが信条ですし、山田監督も当然、作品のみで語るつもりで作品を作っていると信じています
 
あと、どうでもいいんですが山のカット綺麗だったね!
これも山アニメ!山アニメだよ!山クラスタは見に行こうぜ!(おい
 
とりあえず今回はこんなところで
 
(初稿 2016.09.18)

人は苦しんで自分を責め続けると、理性を失って自殺を選ぶものではないですか?

PS 突発的に、というのはやや語弊があるようです。

西宮硝子は、「障碍を持った不器用な自分のせいで」母親が離婚を迫られ、妹も虐められ、
佐原さんも不登校になってしまった(と思っている)。そして、「障碍を持った自分のせいで」
好きになった男の交友関係も現在壊している(と思ってしまった)。累積的に苦痛と
自分への責めが積み重なって、ああいう行動になってしまったんではないかと思います。

No title

この作品は、登場人物をどこか欠点を持つ人物として(単純に感情移入できないように)意図的に描いているようです。潤滑油として存在している永束と佐原以外は、人格にやや問題があります。川井は軽いサイコパスなんじゃないかと言われると、まさにそういう作りなんだと思いますよ。世の中にはああいうサイコパスはいます。真柴はちょっと難しく、原作でもやや中途半端だけど、精神的にどこか不安定な人物です。

それとは違う位置に、石田や植野はいます。人の痛みは理解できるはずなんだけど、人に痛みを与えてしまう不器用な人間で、石田は自分が痛めつけられる側に立つことで悔いるのだけど、植野は自分のしたことを悔いようとしない(自分の捻くれているが曲がりなりにも恋である感情に水を差すようなことは許さない)。

西宮硝子は、虐められても愛想笑いをしようとする子。おそらくは、「自分の障碍のせいで」苦しんできた母親や妹を自分が苦しんでいることを見せたくなかったという優しさだったのでしょうが、追い込まれるとやっぱり本当は苦しいから自殺に向かってしまう(だから、「本当は人嫌いなんじゃないですか。そもそも自殺をはかるというのは、自分が嫌いと同じがそれ以上に他人に関心がないわけ」という貴方の理解は、正しくないと思います。本当はいい子にしてみんなと仲良くしたい、けれどそうした思いが不器用かつ過剰でうっとおしいという子供の反発からいじめの対象になり、家族の不幸に拍車をかけていると意識している。そうした追い詰められた感情から、自殺という突発的な行動に出てしまうのではないかと思います。自分が嫌いだとか、他人に関心がないから等ではなくて、苦しくて仕方がないから、理性が働かない(自分が死んだら周りがどれだけ苦しむかわからなくなってしまった)のはないですか?

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