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【感想】「リズと青い鳥」完成披露上映後感想(初回感想)【リズと青い鳥】

■はじめに

以下は2018年4月4日に丸の内ピカデリーで行われた「リズと青い鳥」完成披露上映を観劇、帰宅してすぐに書き上げた初回感想です。個人ブログとして、歯に衣着せぬ感想を書き置いておきますので、ご不快な部分があるかもしれませんが、そのようにご了解、ご理解ください。
またこれはあくまで4月4日時点のものであり、その後の観劇で感想は変化していくこともあると思います当ブログは錯誤も含め、その時の率直な感想、自分が感じたことを書き残す方針ですので、そこのところも御理解の上、覚悟して以下を読んでいただくよう、よろしくお願い致します
重ねて、当ブログは個人のブログですので、私個人の感想についてクレームは受け付けません読むのは自己責任でお願いします
 
※なお、筆者は「響け!ユーフォニアム」は第一期及び第一期総集編映画、第二期第一話のみしか見ておらず、ファンではありません(むしろ「さてはアンチだなオメー」って言われる系)。また原作も全く未読です。なのでユーフォについては基本設定しか把握しておらず、ユーフォによる一切の先入観はありません。むしろ批判的です。主役ふたりについては全く知りませんでした。また、観劇までアニメ誌等の事前情報は一切摂取しておらず、インタビュー記事も公式サイトのもの以外読んでません…つか、公式サイトも熟読してないw
よって以下は、ほぼ純粋に山田尚子の映画として作品のみを新鮮に見た山田尚子ファンとしての稀有な感想であると自負しますw

 
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<ファーストインプレッション>
率直に言うと、劇伴が浮いてる。というか劇伴と映像が協奏し相乗効果になっていない、と感じた。もちろん、これはあくまで個人の感想、感覚で、逆に相乗効果になって素晴らしいと感動する人もいるだろう。その人と自分は180度違う感想を持つことになるわけで、あくまで以下は一個人の感想であるとお断りしておく
 
いや、もちろんクライマックスの演奏におけるオーボエの強さはいいのだ。あれは物語上の必然であり有意の演出であり、むしろそこに観客の意識を集中させるべきものだ。そこを問題にしているのではない。自分が問題にしているのは劇伴
あれは劇伴ではない。映像のほうが劇伴になっている。映像も劇伴もそれぞれ単体で触れればそれぞれ非常にいいもので、そこは間違いない。しかし一流の映像と一流の音楽をかけ合わせれば必ず良いものになるわけではなく、食い合ってしまうこともある映像に意識が引っ張られそうになると、音楽に意識を持っていかれる。逆もまた然りで、そういうことが観劇中に幾度もあったどっちかに集中させてくれ。ぶっちゃけそう思った。自分は映像と音楽の不協和音、不釣り合い感からくる違和感が最後まで無くならなかった
それは「聲の形」でも感じていたが、今回は決定的に音楽が強かったと自分は感じた。これは正確には両者がかち合っていた、というべきなのだろう。音楽が強すぎると思うのは、あるいは自分が京アニの映像演出に飽きてしまった、ということもあるのかもしれない。あるいは映像は極地にいっていて、もう音楽の表現力の伸びしろに追随出来ないということなのかもしれない。もしかしたらそれは、山田監督の作品世界と牛尾憲輔の作品世界のそれぞれの完成度の高さとそれ故の不協和なのかもしれない
確かに情感に訴える映画ではあった…だがこれを、映像と音楽が喧嘩している、むしろ音楽を聞かせることに特化したかのような映像作品を、果たして手放しに評価していいのかどうか…悪いが、自分は躊躇してしまう。この点は残念に思った
 
<内容について>
主題は端的に言えば共依存する親友の互いからの独立。「よりもい」の5話と同じテーマだ。そしてやはり10月に予想した通り「リズと青い鳥」は立場を入れ替えるものだった物語はプロットとしてはわりと単純で、どちらかといえばその過程、演出を見せるものだった。全編の絵コンテを山田監督自身が手がけており、演出家・山田尚子の本領を発揮することに徹した作品ということができると思う
 
監督はふたりを覗くような映像を作ったと言っているが、これは「けいおん!」のときも言っていたことで、自分はけいおんの頃から、山田監督のこの姿勢をモキュメンタリー映像の発想であると指摘してきた。本作ではそれがさらに徹底されていると思う
映像は全編通して静的で、そこに熱い感情が伏流している。「たまこラブストーリー」から見られるこの傾向は、もはやそれを描くのが山田尚子というクリエイターの作家性というべきであり、本作はそれが最も強く出た作品というべきだろう
 
演出。「手が、足が、髪を撫でる仕草が…といったことで感情が表現されている」のはいつも通り。自分は舞台が学校からほとんど動かないことを指摘したい。冒頭とラストが象徴するように「登校し、下校する」だけの物語であり、本編はその在学中に揺れ動く感情と関係性を描き、その変化は冒頭の登校シーンとラストの下校シーンの差異に象徴されている山田監督は二人の少女の青春を、学校という箱庭に封じ込めて描き出したといえる。故に本作の舞台装置としての「学校」の持つギミックは今後の観劇においてもどのように使われているかをよく確認し、踏まえて作品を読み解くべきだろう。例えば印象的なのは渡り屋上の部分で、ふたつの校舎が(音楽(の道)と進学(の道)の?)ふたつの世界の象徴であることが推測できる
他にも、作中の演出に関する情報量は膨大なものである。それだけに何度も繰り返して見ることのできる作品だと思うし、そんなことをしなくても、終始描かれる静謐な空気感の繊細さは心地よくすらあり、ずっと浸っていたくなる不思議なグルーヴがあった。本作の最大の魅力はそこかもしれない
 
<総じての感想>
自分は強く感情を動かされた、ということはありませんでした。ここまでの友人への執着は自分には感情移入の出来ない物語であり、描かれたふたりの分かたれる様、あるいは新たな関係性への変化の落着は想定の範囲内で、物語としては強いインパクトを残すものではありませんでした。自分はやはりまず物語に興味を持つタイプなので、こうなっちゃうのはしょうがないです
 
しかし一方で、山田監督の個性、感性、演出家としての技量、彼女がこだわっているところを俯瞰して捉えることのできる作品でした。「たまこラブストーリー」以来に「山田尚子という作家」をとても強く感じることのできる作品であり、彼女のシネマグラフィとして重要なキーストーンになる作品だったと思います。ある意味では極上のファンムービーですねw ただこれを、山田尚子ファン以外の人がどう評価するかは厳しいかな、というのが率直な見解です
あとやっぱ、自分としてはやっぱり牛尾さんはもういいです。監督は大好きなんでしょうが、彼の音楽は世界が強すぎて、自分はマッチしているとは思いませんでした。本当ごめんなさいw
 
とりあえずは以上
(初稿:20180404記 0405但書追記・修正 発表:20180421  12:00)

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